第86話 あと一息

 「エセックス」級や「インデペンデンス」級など、合わせて一二隻の空母の飛行甲板(の先っちょ)に穴を開けるなど、昨日はめったやたらと魔法を行使したせいか魔力の消耗が激しく、「大鳳」に戻って飯を食ったらとたんに眠くなり、ほどなく爆睡状態に陥った。

 そんな俺は、現地時間の午前零時過ぎにはすでに目覚めていた。

 まあ、日が高いうちからすでに寝入っていたのだから、この時間に目が覚めるのは当たり前。

 で、睡眠とともに十分な栄養も併せてとったことで魔力はすっかり回復していた。

 ちなみに俺が食べたのは「大鳳」特製のカレーだ。

 本音を言えば卵焼きを食べたかったのだが、それでも連合艦隊旗艦の台所を任されたシェフの腕は確かで、その味は「大和」で食べたそれに勝るとも劣らないものだった。


 俺が寝起きに聞いたところでは、第一艦隊は敵機動部隊残存艦隊、第二艦隊は敵護衛空母部隊に急迫しているとのことで、それらの捕捉も時間の問題だという。

 だが、敵はいまだ反撃の爪と牙を残している。

 来襲が有り得るかもしれない敵戦力は二〇隻の護衛空母に一二〇機から一八〇機程度が搭載されていると予想されるTBFアベンジャー雷撃機とトラック島から出撃するB24重爆の二つ。

 もちろん、潜水艦も怖いと言えば怖いが、ここ二年ほどの間に急激な進化を見せた対潜装備と対潜戦術をもってすれば史実のマリアナ沖海戦ような不覚を取ることはないだろう。

 それで、TBFとB24についてだが、このうちTBFのほうはさほど問題ではない。

 いくらTBFが頑丈な機体だとはいってもしょせんは単発艦上雷撃機にしかすぎないからだ。

 それに、戦闘機が払底しているはずの護衛空母部隊では十分な護衛をつけることは困難だろう。

 戦闘機の護衛の無い雷撃機がどういう運命をたどるかはこれまでの戦いで彼らも十分過ぎるほどに学んでいるはずだから、そうそう無茶な真似はしないはずだ。

 それに第三艦隊は各空母一個中隊の合わせて二〇四機を第一艦隊や第二艦隊、それに第三艦隊の上空直掩にあてることにしている。

 この防衛網を突破してTBFが雷撃を行うことはまず不可能と言っていい。

 もう一つの脅威であるB24だが、こちらはトラック島に大量配備されており、友軍艦隊の撤退を支援すべく出撃してくるはずだ。

 二〇四機の直掩隊にとって厄介なのはTBFよりもむしろB24のほうだろう。

 だが、それについては俺に考えがある。


 各空母の攻撃隊のほうもすでに出撃準備は整いつつあった。

 二五〇機近い零戦が二五番を搭載、航空魚雷を装備した一一〇機あまりの天山とともに夜明けと同時に出撃、護衛空母部隊を叩く手はずになっている。

 二〇隻の護衛空母と四〇隻の駆逐艦をすべて撃沈するには少しばかり戦力不足だが、仕上げは第二艦隊がやってくれるので問題は無いはずだ。

 開戦前は予備の機体を含めると九〇〇機以上の艦上機を擁していた第三艦隊も現在の稼働機は六〇〇機程にまで激減している。

 特に敵機動部隊の対空砲火を突っ切り敵空母に肉薄雷撃を敢行した天山は半数以下にまでその数が落ち込んでいる。


 それでも勝ち戦のためか、搭乗員たちはみな士気旺盛、意気盛んだ。

 稼働機が減ったとは言うが、それは未帰還が多かったということを意味するものではなく、被弾がひどすぎて使えないというだけのことだ。

 失われた三〇〇機のうち、未帰還となったのは一〇〇機足らずであり、つまりは戦死した搭乗員は機体の損耗の割には多くはないのだ。

 逆にこれが零戦五四型や天山ではなく、開戦時に配備されていた零戦二一型や九七艦攻であればその多くが未帰還となっていたはずだ。

 防御はとても大事。

 七・七ミリの豆鉄砲でさえパイロットキルが起きかねない防御力皆無の戦闘機など決して名機ではありえない。

 いくら速くて脚が長くとも、機銃の一連射で爆散するような艦攻など何ほどの意味も無い。


 そんなことを考えつつ、俺は小沢長官をはじめとした第三艦隊司令部スタッフにあいさつをし、そして艦橋を後にする。

 向かう先は飛行甲板に繋止してある彩雲。

 徹夜続きの整備員に労いの言葉をかけ機上の人となる。

 長かった戦いも、だがしかしあと一押しだ。

 日米最大の艦隊決戦、マリアナ沖海戦の勝利まであと一息だった。

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