女学部に入ってみたら
烏川 ハル
女学部に入ってみたら
分厚いレンズの丸メガネをかけた少年が、予備校の帰りに、近くの本屋へ立ち寄った。
入る際、出てくる客とぶつかりそうになったが、よくあることだ。これも近眼のせいなのだろう。半ば諦めながら、彼は目的のコーナーへ向かう。
予備校が近いという立地条件のおかげで、受験関連の書物が充実している。奥の一画には、真っ赤な厚い本で埋め尽くされた本棚が一つ。それぞれ大学ごとに一冊になった過去問集が、ずらりと並んでいた。
そのうち一冊を手に取って、ぽつりと呟く。
「そろそろ志望学部も決めないといけないよなあ」
現役の時に受験した大学は、入学時に学部を選択せずに済むシステムだった。文系も理系も大雑把に三つずつに分かれているだけ。入学して最初の二年間の成績で、学部は決定されるのだ。
世間的には一番いい大学であり、彼の高校は進学校だったため、周りに流される形でそこを受験。当然のように不合格だった。ただし一年浪人してから大学へ進む者も多い高校なので、彼は気にしていなかったのだが……。
さすがに二浪はしたくない。そして予備校に通うようになった今、もう一度あの大学を受けても受からないだろう、という手応えもあった。
だからワンランク下の、世間的には二番目の大学を受ける。そこまでは良いとして、では学部をどこにするか。
もともと彼は、大学で具体的に勉強したいことがあるようなタイプではなかった。勉学よりもキャンパスライフを楽しみたい、という若者だ。高校時代、地味で大人しかった反動で、大学デビューを夢見ているくらいだった。
過去問の本の冒頭にある、大学紹介のページをめくるうちに、目に飛び込んできたのは……。
「女学部? そんな学部があるのか!」
なんとなく古風で、
確か昔は、今で言うところの「〇〇女子大学」や「〇〇女学院」を「〇〇女学校」とか「〇〇女学部」とか呼んでいたはず。
それと同じように、女性ばかりの学部なのだろうか?
いやいや、受験資格に女性のみとは書かれていない。一流の国立大学に、そういう制限はないはずだ。
ページを開いたまま、彼は考え込んでしまう。
例えば法学部は法律を、農学部は農業関連を、薬学部は薬について学ぶところなのだから、それに従えば女学部は……。
そもそも少年が楽しいキャンパスライフや大学デビューを夢見ていたのは、高校も中学も男子校だったから、というのが大きな理由だ。
大学では、女の子とキャッキャウフフしたいのだ。
とはいえ、女性慣れしていない自分に、そんな未来が待っているだろうか。少し不安もあったのだが……。
学問として女性を学べるのであれば、大丈夫に違いない!
受験科目を確認すると、典型的な文系科目だった。
「ふむ。女性を学ぶというのは、理系ではなく文系になるのか」
一時期「リケジョ」という言葉をよく耳にしたが、理系の女子が珍しいからこそ、わざわざ「リケジョ」と呼ばれたはず。なるほど、女性関連は一般的には文系なのだろう、と彼は納得。
こうして、少年の志望大学と志望学部は決定された。
高校と違って進路相談はないが、予備校にも一応、それっぽい調査書の提出はあった。
だから少年は、大学としては偏差値的に二番目のところを選び、学部は「女学部」と記入。提出の際、受付のお姉さんは少し変な顔をしてから、ボールペンを手にした。少年には字が汚いという自覚もあるが、目の前で書き直しのようなことをされると、さすがにムッとする。
家に帰ってから、
「どうせ世の中は電子書類の時代だ。ミミズがのたくったような字だとしても、それを披露する機会は少ないから構わない!」
と自分自身に言い聞かせた。
大学に入って、専門科目として女性について学ぶ。
少年にとって、大学で「遊ぶ」のではなく「学ぶ」目標が出来たのは、生まれて初めてだった。受験勉強に対する熱意も増して、グングン成績も上がって……。
少年は無事、志望学部に合格した。
春、新生活の始まり。
大学入学を機に、メガネも買い替える。
フレームのデザインをおしゃれにするだけでなく、レンズの度も合わせ直した。
今までのメガネでは、近眼を修正するために、かえって手元は見えにくくなっていたのだ。でも新しいメガネならば、遠くの景色も近くの文字も、両方すっきり見えるようになった。
さあ、薔薇色の大学生活がスタートする!
心を躍らせた少年は、入学式の日、その会場へ向かう途中で……。
学部の門の前を通り過ぎた際、門柱に刻まれている学部名を見て気づいた。
漢字を一文字、微妙に見間違えていたことに。
彼が入学したのは「女学部」ではなく「文学部」だった……。
(「女学部に入ってみたら」完)
女学部に入ってみたら 烏川 ハル @haru_karasugawa
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