第18話 騎士王

「――つまり、【勇者】も【聖剣】も奪えず、昼間の衝撃では【千魔】に蹴散らされ、夜襲は従者の少年に防がれ、逃げ帰って来た、ということだな? ワートン・ワレグ一級騎士?」

「………………も、申し訳ありませぬっ!!!!!」


 イェルハルド騎士国大要塞、謁見の間。

 月光が降り注ぐ中、冷たき大理石の床に額を押し付けながら、私は玉座に座られている御方――【騎士の中の騎士】グスタフ・イェルハルド三世国王陛下へ、謝罪を告げた。

 身体はガタガタと震え、冷や汗は止まらず、吐き気がこみ上げて来る。


「ワートン――おお、ワートン。私をあまり失望させてくれるなよ? 此度の任務で、お前に与えた兵力は、数多くの戦場を生き延び、得難い実戦経験を積んできた精鋭達。勇武を誇る我がイェルハルドのおいても、一人一人が千金に勝る者達だ。各隊から引き抜き特別部隊を編成する為、それ相応の無理もさせている。貴様が『必要である』と主張したからだ。それとも、私の記憶違いであったか?」

「……いえ。確かに私の言葉であります」


 問題ない任務だった筈なのだ。

 何しろ――目標は小娘が三人に貧弱な従者が一人。

 それぞれが『相応の技量である』との情報は事前に受けていたものの……聖剣を持つ【勇者】は未だ学生であり、魔法使いも同様。

 最大の脅威なのは騎士だが、それとれ私の召喚魔法と精鋭騎士たちを持ってすれば制圧は可能。

 ――従者?

 テルフォード王国に潜ませている間諜からは、一切何の情報も報せてこなかった。

 それでも、石橋を叩き、再三再四、求めた結果、送られてきたのは――陛下が立ち上がられる気配。


「それで? いったい何者なのだ、その従者の少年は? 我が精鋭達を慄かせただけでなく……」


 大理石を歩いて来られる。鞘から騎士剣【割れし月光】が抜かれる音。

 背筋が凍り付き、冷や汗も止まらず、床に跡をつけていく。

 今すぐ、逃げ出した。

 ……が、逃げ出せば、命はない。

 今まで、積み上げて来た私の栄光は悉く喪われ、騎士国における最大の恥辱――『記録抹消刑』が執行されるだろう。

 駄目だっ! それだけは……それだけは、認められぬっ。

 考えろ。考えるのだ、ワートン・ワレグっ! 

 どうすれば、陛下の御不興をこれ以上損なうことはない?

 足音が近づいて来る。


「私個人に対し――『暇で、な~んも見えていない騎士王陛下。人同士で遊びたいなら、後にしてくれませんかね? もしくは、【騎士の中の騎士】なんて、御大層な異名を持ってるんですし、魔王討伐の兵を出してくださいよ。次、フィオナと聖剣、俺の仲間達に手を出したら、襲撃の事実を大陸列強にバラまく』なぞと、脅迫してきおった。ハッタリかもしれぬが……無視も出来ぬ。魔法国にバレれば、嘲笑されることは必定だ」


 陛下が私の前で止められた。

 首筋に剣が着きつけられ、刃が薄皮を切る感覚。

 私は必死に言葉を振り絞る。


「や、奴は、自分のことを……【灰狼】の息子、と…………ま、また、使用してきた魔法も、噂に聞いていたものと、同様のものでございました」

「……【灰狼】だと? 【黒狼】ではなく、か?」

「……はっ」


 陛下が知らぬのも無理はない。

 テルフォードの【黒狼】フェアクロフ辺境伯の武名は騎士国まで届いているが、【灰狼】の名を知る者は、それ程多いとも思えぬ。


「…………【灰狼】の名は伝わっておりませぬが、列強戦争において、【黒狼】の副官を務め、無数の短剣を操り多大な戦果を挙げた人物、と記憶しております」

「それ程の者がどうして、忘れ去られているのだ?」

「戦後の論功行賞を拒絶した、と……」

「ほぉ……」


 陛下の吹雪の如き声色に若干の変化が感じられた。興味を持たれているようだ。

 ――生きる目が出て来たかもしれぬ。


「ワートン、表を上げよ」

「は、はっ……」


 全力で震えを抑えながら、顔を上げる。

 ――陛下の漆黒の瞳は好奇心を湛えていた。


「その者の――アッシュ・グレイの顔を見てみたい。一級騎士ワートン・ワレグ。此度の経験により、敵の想定戦力の再評価は終わったな?」

「――はっ! ワートン・ワレグ!! 必ずや、アッシュ・グレイを捕え」

「違う、違うぞ。ワートン」

「は、はっ?」


 騎士剣を鞘へ納められ、陛下が笑われる。

 ――瞳は全く違うが。


「捕えるのではない。丁重に、国賓のようにお迎えするのだ。その後は――私が考えよう」

「…………御意」


 私は深々と頭を下げた。

 ……最早、失敗は絶対に許されぬ。

 たとえ、どのような手を使おうとも……あの忌々しき餓鬼を攫うとしよう。

 脳裏に――少年にくっついていた幼女が浮かんだ。

 幾らでも手はあるのだ。幾らでも、な。


※※※


『むむむっ! 奇妙な気配っ!! これは警戒が――』

「『狼』で、『上級騎士』を取るぞ~」

『あーあーあー!!! ま、待てっ! 待つのだっ、汝っ!! めっ!!!』


 白髪幼女が、俺の指し手を見て騒ぐ。うっせぇ。あんまり、大声を出すとフィオナ達が起きてくるだろうが。

 ボード上の戦況は、控え目に言って、俺の絶対優勢。

 幼女の陣は、中央突破した『狼』達に食い散らかされている。

 泊まっているホテルの一室。その窓から見る月は今日もでかい。辺境伯領を思い出してしまう。


『ぐぬぬ……どうすればぁぁ…………』


 俺が感傷に浸る中、白髪幼女は身体を動かしながら考え込んでいる。見ている分には面白いんだが、どうやらこいつに兵棋の才能はないらしい。

 ……聖剣に才能、があるのかは知らんが。


「ほれほれ、早くしろよー」

『ええぃ、五月蠅いぞ、汝っ! これからぞ……これから、我の大逆転が始まるのだっ!!』

「へーへー。とっとと終わってくれー」


 曖昧に応じた俺は、テーブルに肘をついた。

 ――この後、夜中まで延々と付き合わされた俺は案の定、翌朝の出発に遅刻。フィオナ達にからかわれた。心配してくれたのは馬のみ。

 おのれ、幼女め。次は、容赦しねぇからなぁ……。 

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悲報! 幼馴染が聖剣を引き抜きましたっ!! 七野りく @yukinagi

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