第17話 秘密

「んーっ! いい天気だねっ! アッシュ、おはよー♪」

「! ……お前なぁ。まーた、忍び込んだのかよ。ったく……おはよう」


 翌朝、ホテルの窓を開けていると、寝間着姿のフィオナに突然抱き着かれた。

 気持ちいいくらいに澄み渡る蒼い空を見て、はしゃぎ、俺へ肩越しに満面の笑み。

 俺も釣られて笑顔になり、寝癖を手櫛で直してやる。


「…………えへへ♪」


 フィオナも俺へ手を伸ばし、頭を撫でつけて来た。

 チビの頃から続けている、謂わば朝の儀式みたいなもんだ。ここ最近は、ララとホリーと一緒だったし少なくなってはいたが。

 幼馴染の少女の背を押す。


「ほれ、顔を洗って、歯を磨いてこい」

「んーりょーかい」


 フィオナは意気揚々と洗面台へ。今日もうちのお姫様は元気だわな。

 ……そろそろ、忍び込む癖は直させねぇと。どうしたもんか。

 考え込んでいると、屋根の上から逆さの幼女が突然顔を出した。


『汝っ!』

「うおっ」


 思わず、悲鳴に近い叫びをあげそうになるも意志の力で飲み込む。

 それを見た白髪幼女は、クルリ、と器用に回転し部屋へ入って来やがった。

 胸を張り、主張してくる。


『汝っ! 我に何か言うことがあるのでは、むぐっ』

「…………静かにしろ。フィオナにバレたら、俺達に明日はない」

『(こくこく)』


 幼女が素直に頷いたので、一先ずベッドの下へと押し込み、腰かける。

 ちょこん、とフィオナが顔を出す。


「アッシュ~、今、誰かと話してたー?」

「――いんや。空耳だろ」

「そっかー」


 勇者様は顔を引っ込めた。「♪」鼻唄が聞こえて来る。上機嫌で何より。

 簡単な風魔法を使い、ベッド下の幼女に話しかける。


『……で? 朝っぱらから何の用だ? 言っておくが、飴はおやつの時間にならなければ、やらんぞ』

『ぬぅっ! 汝、勇者や騎士や魔法使いに比して、我に厳しいのではないか? 我、聖剣ぞ? これでも、女神の顔も知っておったりするのだぞ?? 昨日も、土産がなかったではないかっ!!』

『当然だろうが。お前が、フィオナに抜かれさえしなければ、俺は王都での生活を満喫してたんだ。たとえ幼女だろうと――俺は手を抜かんっ! これは正当な権利であると確信している』

『ぐぬぬ…………まぁ、良い』

『?』


 幼女が全く似合わない、悪役の振りをしているけれど『まぁ……いい奴なんだろうなぁ……』と分かっちまう声を発した。

 ベッドの下から、俺の足をぺしぺし叩きながらの脅迫。


『汝は、我の口を封じておかねばならぬ筈だ……昨晩の件、勇者達にバレるのはまずかろう?』


 俺は昨晩あったことを思い出す。


・イェルハルド騎士国の連中が、昼間の意趣返しで深夜にやって来た。

・で、フィオナ達の安眠を妨げる前に、俺が迎撃。

・丁重に出向かえ、誠心誠意、『説得』を行い、帰国してもらった。


 ……確かにバレるのはまずい。

 取り合えず、幼女へ芝居がかった口調で伝達する。


『……聖剣が人を脅すって』

『ふっ……我は、我の才が恐ろしい』

『王都へ戻って、土台に突き刺してもいいんだが?』

『………………やめてほしい』


 幼女が震える声で懇願してきた。ちょっと泣いているかもしれん。

 フィオナの鼻唄が二番に差し掛かった。そんなに時間はなさそうだ。


『まー確かに、フィオナ達には内緒にしといてほしいかもなー。俺が前線に出るの、凄く嫌うんだよ』

『そうであろう。そうであろう。汝は実力を知られるわけ――……うむ? 今、なんと??』

『いや……俺とフィオナは幼馴染なんだぞ? お互いの実力位って把握してるって』

『っ!? いたぁっ!!』


 ベッドに頭が当たる鈍い音。

 すかさず、俺はベッドの上へ。

 フィオナが歯を磨きながら、顔を見せた?


「アッシュ? どうしたのー?」

「あ~……ちょっと、ベッドの上で跳ねてみたくなった」

「面白そうっ! 後で私もしたいっ!!」

「……天井に穴を開けるから、ダメです」

「ケチーっ!」


 金髪を靡かせ、少女は顔を引っ込めた。

 もぞもぞ、幼女が這い出て来て、唇で疑問を提示。


『何故じゃ!? 何故……そのような実力を持ちながら、汝が前線に出ておらぬっ!?!!』

『……お前は何だ?』

『【聖剣】である!』

『そいつが答えだ』


 俺は肩を竦めた。

 小鳥達が欄干に停まり、興味深そうに俺達を眺めている。


『フィオナもララもホリーも、【英雄】の領域に片足を突っ込んでいて、持ってる装備も――魔王を想定するなら足りんかもしれんが、かなりのもんだ』

『……ふむ』

『対して、俺は――そこそこ強いに過ぎねぇ』

『汝よ、謙遜のし過ぎぞ?』

『じゃあ言い換える。俺の技が……【魔王】に通じるか?』

『………………』


 幼女は沈黙した。

 明確過ぎる回答だ。頭をぽんぽん。


『俺の技はな――対人戦闘に特化し過ぎている。真の化け物には通じない。だから、ああいう汚れ仕事に向いてんだよ。……これは、俺とお前だけの秘密だぞ?』

『――我を、聖剣グロリアを舐めるでない。戦士の覚悟を軽くは見ぬ。毎日の飴供給を約したならば、勇者達には言うまい』

『そこは前半で終わっておけよっ! ……仕方ねぇなぁ。分かった。とっとと戻れ。フィオナが帰ってきちまう』

『うむっ!』


 頷き、白髪幼女の姿は掻き消えた。

 ……あいつ、俺を脅かす為だけにわざわざ屋根に。後で虐めてくれる。

 駆ける音。


「どーん!」「おっと」


 振り向き、フィオナを受け止める。

 もう慣れたもんだ。


「えへへ~♪ アッシュ、ララとホリーが起きて来るまで、二度寝しちゃおうかっ!」

「……やめぃ。俺はまだ命が惜しい」


 そう言って、俺は幼馴染の少女の頭を優しく撫でた。

 ――まぁ、こいつの為なら幾らでも汚れてやるさ。そいつが、アッシュ・グレイの存在価値なんだからな。

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