第16話 灰狼

「――……それで、その召喚士達を逃がしたのかい?」

「ぶーぶーっ! アッシュの悪口を言った連中なんて、斬っちゃえば良かったんだよっ!!」

「私は反対だった」


 その日の晩。ホテルの一室。

 現在、俺はフィオナ、ララに責められている。ホリー、酷いぜ……。

 襲撃を仕掛けて来た召喚士達は、苦悩と殺意を露骨に見せながらも、結局撤退を選択し、退いて行った。

 騎士王になんて報告するかは分からねぇが……精々、俺を敵視する報告であればいい、と思う。

 珍しく怒っているララの顔が間近に迫って来た。


「……アッシュ、聞いているのかな?」

「あ~聞いてます。聞いてますって」

「嘘だよっ! アッシュは、嘘をつく時、同じ言葉を二回繰り返す癖があるからっ!!」

「くっ! フィオナ……ま、まさか、気付いていたのかっ!?」


 勇者様が金髪を払い、椅子に座って足を組み、蔑みの視線。

 ……いや、それじゃ悪の令嬢じゃね?


「私が知らないアッシュの秘密なんて、そんなにないんだからっ! 昔は、お化けが怖くて、よく私と一緒に寝てたり――」

「あーあーあー! フィオナ様! 勇者様!! そこら辺で一つ……後、ホリー! 少しは援護をだなぁ……」

「私は『即時殲滅』を要求していた。却下したのはいけずなアッシュ。酷い。泣いちゃう。この精神的傷を埋めるには、次の都市でも逢引――こほん。買い物に行くしかない」

「むむっ! ホリー……そこは、きちんと線引きをしようね? っていう約束だったよね? それを破るなら、私にも考えがあるんだけど? アッシュは、私のだけどっ!!」

「ちらり」

「「!」」


 天才魔法使い様が、髪飾りを手に取り翳した。

 フィオナとララの顔に衝撃が走り、すぐさま俺を見て来る。意味は唯一つ。『至急の説明を要す!!』。……仲が良いのか、悪いのか。

 呆れつつ、懐からもう一つの髪飾りを取り出し、ララへ手渡す。

 筆頭近衛騎士様は目をパチクリ。


「……これは?」

「土産ですよ。あ、俺が言い出したんじゃなく、ホリーが」

「うん。ララに似合うと思う」

「そ、そうかな……?」

「つけてみてほしい」

「わ、分かったよ」


 手を弄りながら、先輩とホリーは姿見の方へ向かった。

 なお、勇者様の視線が非常に怖い。

 俺は手を伸ばし、幼馴染の頭を乱暴に撫で回す。


「グルル……ガウっ!」

「獣になるなー。こんなことがあったんだ。明日も此処に留まるしかないだろ?」「……つまり?」

「買い物の順番、忘れたのか?」

「――……忘れてなーい。えへへ~♪ ララ、私にも見せて~☆」


 あっという間に機嫌を直した勇者様が、二人の元へと駆けて行く。

 立てかけてある聖剣の柄が呆れたように瞬いた。


※※※


「ワ、ワートン様……ほ、本当に襲撃を駆けられるのですか?」


 慄いた声で、騎士隊長が私に尋ねて来た。

 都市全体に闇の帳が落ち、空にも薄雲。奴等の泊っているホテルの灯りも消えている。近くの建物の屋根上で私はほくそ笑む

 ――夜襲を行うには絶好の機だ。

 私は怒気混じりの視線を叩きつける。


「……貴殿は、栄えあるイェルハルドの騎士ではないのか? 昼間のような屈辱を受け、騎士王陛下にどのような報を行うと?」

「そ、それは……」『…………』


 万が一に備え、使者として先達させた一名を除く騎士達が項垂れる。


『威力偵察を試みたところ、魔法使いの少女一人に捕捉圧倒され、得体の知れぬ付き人に言いくるめられ、帰還致しました』


 どう考えても、言い逃れ出来ぬ失態だ。

 事、此処に至っては、『可能ならば』という程度であった、『勇者と聖剣の奪取』を果たす他は無しっ!

 幸い、奴等は我等が帰還したと思い油断している。その証拠に、ただの一つも結界に引っかからない。

 今ならば――


「いや、無理だな、そいつはー」

『!』


 のんびりとした声が耳朶を打った。

 周囲を見渡し、探知魔法も発動。

 ……だが、引っかからない。

 私は杖を構え、召喚魔法を紡ぎながら、低い声で威圧した。


「その声……昼間の小僧だな? 何処だっ! 姿を見せよっ!!」

「……あんまり声を張り上げんなよ? あいつ等が起きちまうだろう?」

「上ですっ! ワートン様っ!!」

『!』


 すぐさま、上方へ視線を向ける。

 ――薄雲が晴れていき、月夜の中に男と白髪白服の幼女? が姿を見せた。

 間違いない昼間の小僧っ!


「貴様……どうして、我等の襲撃を察知したっ!!」

「あん? そんなの当然だろ。――

『なっ!?』


 動揺が走り、杖が震えた。どういう意味だ……?

 小僧は幼女に目をやり、額を指で打った。


『きゃんっ! な、汝、い、幾ら何でも、酷いのではないか!? 我を何だと思っておるのだっ! だっ!!』

「……寝てろって言ったのについて来やがって。あと、昼間のあの出力の説明を聞こうか?」

『――……つい、出来心。汝っ! 汝ぃ~! 頭にぐりぐりは止めよっ! あ~!!!!!』

「くっ!」


 私はその隙に召喚魔法を発動――出来なかった。

 魔法陣そのものが、放たれたナイフで断ち切られてしまったからだ。

 しかも、ナイフ自体は虚空へと消えていく。

 こ、この技はっ!

 小僧が淡々と告げてくる。


「あんたの魔法発動速度はもう覚えた。俺の前で魔法は使えねぇよ」

「き、貴様、いったい何者なのだっ! ただの付き人ではないなっ!?」

『そうだー。汝、何者なのだー』

「……二度と飴無しの刑に処してもいいんだが?」

『あわわわわ! ひ、卑怯だぞ、汝っ! 我を虐めて愉悦を得るとは、さてはへんたい、という輩だなっ!』

「…………甘味断ちにしてもいいが?」

『ぐぅっ!』


 幼女と寸劇を繰り広げる小僧に殺気はない。

 ……殺れる、か?

 騎士隊長へ指で、合図を出し――


「っ! がぁぁぁぁ!!!!!」

「おっと」


 私の左手人差し指が飛翔してきたナイフで切断され、転がった。

 騎士隊長が震える声で指摘する。


「この技は……あり得ないっ! 【灰狼】は死んだ筈だっ!!」

「へぇ……その異名を知ってるのか。なら、話は早いな」


 小僧がほんの軽く、左手を振った。

 無数の短剣が我等を取り囲む。


「【灰狼】は俺の実の父親だよ。――顔は知らねぇけどな」

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