幹部会議のようなもの

 俺のもとに大聖堂からのお使いが来たあと、俺とシマエナガさんはウサギの動く家に戻り、仲間に情報共有を行った。

 食堂に皆を招集したのち、異世界言語に堪能なセイに手紙を精読してもらうことで、フィンガーズギルドきっての智慧者であるぎぃさんにも内容を把握してもらう。

 

 その間、手隙になる。

 俺は食堂の隅へ視線をやる。


 給仕のためにイグニスとラビが背筋を正して棒立ちしているので、俺はちょいちょいっと手招きをした。ウサ耳がぴょこんと動きいそいそと寄ってくる。


 手紙の内容について彼女にも共有したところ、気まずそうな面持ちになった。


「その2名、恐らくは火教の代行者でしょう。どちらもただならぬ存在であることはお分かりいただけたと思います。エンダーオ屈指の実力者ですので」


 俺とシマエナガさんは顔を見合わせる。


「……まぁ多少は?」

「ちー?(訳:なにも感じなかったちー?)」


 本音を言うと、俺も服装がえっちだったという記憶しかない。


「失礼いたしました、あの程度は虫と同様……! 皆様方からすれば取るにたらない存在でした……!」


 イグニスはズバッと勢いよく頭を下げてきた。

 微妙に震えている。何か恐がらせたか?


「謝らなくていいですよ。別に。あと虫と同様とは思ってないです」

「ご主人様、イグニスの御無礼と懲罰は私にお任せください」

「え?」


 ラビはムッとした顔で、怯えるイグニスに向き直る。

 彼女が「イグニス、ゴロン」とつぶやくと、イグニスは床の上で転がり、服をめくりお腹をだしてへそ天をする。


「うぅ、身体が勝手に……っ、こんなの屈辱です、お母さん……っ」

「ご主人様を侮った言動は教育対象だと言いましたよね?」

「ちー(訳:なんて過酷なお仕置きちー)」

「……まぁそのままでも話はできますし、続けますね。件の代行者というのは知り合いですか?」

「うぅ、はい、面識はあります、フィンガーマン様」


 なら大聖堂とのお話の席には、イグニスもいてもらったほうがいいか。橋渡し役みたいなね。


「師匠、ぎぃ様がお呼びになっています!」

「ん、いま行きます。──で、どうします、ぎぃさん」


 食堂の長机、その端に移動して座り直す。

 ラビは黙したままついてきて、洗練された所作で俺のまえに温かい茶とクッキーの乗った小皿を配膳した。


「ぎぃぎい(訳:我が主、内密なお話ですので……)」


 ぎぃさんはチラと隣のセイラムを見やる。


「あっ、申し訳ございません、失礼します!」

「すみませんね。ぎぃさんはこういうところしっかりしているので」

「ちー(訳:誰かさんとは違ってという意味ちー)」

「そうですね。誰かさんとは違うので」

 

 ギルドメンバーだけが食堂の片隅に集まり、全体の方針を話しあい始めた。

 俺は上座に座らされた。俺から見て右手にぎぃさん、シマエナガさん、ドクター、左手にナー、餓鬼道さん、ブラッドリーが座している。ラビは静かに配膳を続け、イグニスはまだ向こうでへそ天中だ。


「ちーちーちー(訳:損害賠償を踏み倒すという考え方もあるちー)」

「俺もそれには賛成です。あの被害は厳密には人間道ちゃんにつけるのが道理なのでね!」

「指男よ、思うのじゃが、逃げてしまうのが一番良いのではないかのう?」

「でも、それだと現地勢力のエンダーオ炎竜皇国との関係性が悪くなるんじゃないの? 望ましいとは言えないと思うけど」

ナーの意見はもっともだが、『ノーフェス・アダムズ』の対処が優先だ。ダンジョンボスを倒すことが終わればこの世界ともおさらばなんだ。国だのなんだのと伺いを立てているのは不毛だ。オリーヴァ・ノトスには天災だと思って諦めてもらうほかない」

「人として最低だと思わないの、ブラッドリー?」

「『ノーフェイス・アダムズ』を抑えることが結果的にこの世界での惨劇を食い止めることにも繋がると言っているんだ。オリーヴァ・ノトス大聖堂が俺たちに責任を求めるというのなら、そもそもそれが間違えている」


 みんな口々に意見を述べる。

 俺は「ぎぃさんはどう思います?」と水を向けた。


「ぎぃぎ(訳:当初の予定通り支配するのがよろしいかと。黙らせてしまえばよいのです。現状、集まっている情報から推測するに、こと戦闘行為において我々はこの世界のなかで圧倒的な優勢をもっています。煩わしいことは必要ないかと)」

「ちーちー(訳:当初の予定とか言ってるけど、別にそんな予定なかったちー。騙されちゃだめちー、英雄)」


 ぎぃさんの意見もまぁ一理ある。優位性を押し付けるのはいい。もちろん、支配したい系女子の趣味が入っているのは否定できないだろうけど。


「ぎぃぎぃ(訳:いずれにせよです、我が主。ひとまずのところは、オリーヴァ・ノトスが何を考えているのか斥候を出すのがよろしいかと存じます。奴らの腹の内を先に知ることで、こちらもより適切に対応できるというものですので)」

「いいですね。流石は我がギルドの知将。で、人員は残っていますか? そこら中に黒い指先たちの遺体が転がってましたけど」

「ぎぃぎぃ(訳:問題はありません。確かに先の戦闘で上陸部隊のうち40%を失いました。ですが、元よりカイリュウ港に上陸していたのは『黒き指先の騎士団The Knights of Black Fingers 』総員30万の兵士のうちの7%に過ぎません。諜報技能を納めた指先たちは十全です)」

「えっと、30万の7%の40%なので……むぅ」

「ちーちーちー(訳:英雄が動かなくなったちー。大卒が嘆かわしいちー)」

「という茶目っ気ですよ、シマエナガさん。たまに抜けてるのがいいんです。完璧無敵の超人なんてつまらないでしょう?」

「ちーちー(訳:それじゃあ結局被害がどれくらいだったか聞いてもいいちー?)」

「40万の6%の30%」

「ちー(訳:……)」

「おほん。細かいことを気にする鳥は悪い鳥です、シマエナガさん。時間は有限。話を進めましょう。ひとまず、ぎぃさんにこの案件は全面的に任せます。いま僕はすごく西に行きたい気分なので」


 あと損害賠償とか聞きたくないので。

 俺が人が良い好青年と言われており、善悪の区別のつく常識人であるため、被害者の声を聞かされたら、きっと申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。


 こういう時は誰かに任せてしまうのが一番いい。

 なんならこういう時じゃなくても、誰かに任せてしまうのが一番いい。

 うちには俺よりも優秀な仲間が一杯いるのだから。


「ぎぃぎぃ(訳:我が主の御意のままに。かような些事すべて私にお任せください)」


 こうして俺たちフィンガーズギルドは再び二手に分かれることになった。


 俺は適切な人員だけを選び、シマエナガさんの背に乗る。

 俺は見送りのためにウサギの動く家の庭にでてきた面々へ向き直った。


「もし成果がなくても10日くらいで一旦戻ってきます。戻ってこなかったら心配してください」

「師匠、どうかお気をつけて!」

「ありがとうございます、セイ」


 行くのは俺とシマエナガさんだけ。

 セイラムはついて来たがったが、説得し、この場にいてもらうことになった。主に身の安全を考えた結果だ。あとは大聖堂から来るという火教の偉い人からいくらか『蒼い火』についても聞けるかもしれない。そうした意味合いもある。


 俺がいない間はブラッドリーあたりが剣の稽古をつけてくれるらしく、本人もやる気を出していた。

 

「ちー!(訳:離陸ちー! しっかり掴まってるちー!)」


 ふっくら大きな鳥は高く飛び上がり、西へ向かって飛び始めた。

 

 10時間後。

 地上に町が見えたら休憩に立ち寄ったり、なにか美味しいものがないか探してみたり、それなりに各地を満喫しながら空の旅は進行した。


「けっこう近いのう。たぶんあの街じゃな」

 

 俺の背中にコアラみたいにくっついているルーは唾液で濡らした指で天を示しつつ、その指を前方へ差し向けた。示す先、見えるのは豊かな緑の峰々、その麓を流れる大河と近郊に築かれし大きな都市だ。


 俺は白いふっくらした羽毛をトントンと叩いて「あそこに降りましょう」と告げる。優秀な飛行師兼飛行機は「ちー!」と短く答え、名も知らぬ都市、そこからほどほど離れた場所に着陸した。

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俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活 ファンタスティック小説家 @ytki0920

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