それは静かに密やかに細やかな輝きを抱いて......

 山合の鄙びた集落にひとり漆黒と向き合う塗師の男の元に、ある日一人の青年が突然に訪れた。ー

 その日から、只一人ひたすらに漆黒と向き合い、深い雪の中で全てを漆の深い黒の中に沈めてきた男の日常が少しずつ淡い色を帯び始めた。
 天真爛漫な異国の青年の真っ直ぐな漆芸への情熱と自らに向けられた真摯な想いに、頑なに閉ざされていた男の冬が少しずつ少しずつ変わり始めた。

 陽光のような青年の存在に決して若くはない男の深く沈めた情愛を呼び覚ましていく。

 細やかに丁寧に描かれた塗師の心の裡とその移ろいは、春の柔らかな陽射しが深い根雪を溶かしていくそれにも似て、静かに緩かに読者の胸の中に流れてきます。

 周囲からも遠ざかり、独り漆芸の世界にのめり込む男の世界が、青年の存在によって周囲の人々や青年の注ぐ惜しみない情愛によって少しずつ彩りを取り戻していく様は、あたかも深い光沢を抱きながら黒一色であった漆の器が金砂や螺鈿によって彩りを得ていくようだ。

 秘めやかな恋が、男のこの先の日々をどのように彩っていくのか。

 山桜の仄かに膨らんでいく蕾を見守るような優しく奥深い作品世界をじっくりと味わっていただければと思います。