私たちの「小説」の跡継ぎ。

地の文、加藤伊織として。


加藤伊織:「由々しき問題があります」

 私の一言に香澄るかちゃんが顔を上げる。

香澄るか:「何ですか?」

『エディター』騒動直後。「カクヨム」が正式な対応を発表して、作品を死守するために「カクヨム」に残り続けることを選んだ作家たちは自衛の手段を求め、我が身の安全を一番としてウィルスに汚染されたエリアからの撤退を決めた作家たちは退会手続きを済ませ、という喧騒の中、私たちは自衛ギルド「ノラ」を立ち上げた。まず六畳のえるさんが決起し、それに私と陽澄すずめさんが応えた形だ。のえるさんは組織の基盤を。私はとにかく人手の確保。すずめさんは即戦力のスカウト。

 るかちゃんは……私とすずめさんのどっちが連れてきたのか忘れた。下手すればのえるさんが連れてきた可能性さえある。とにかく、彼女は「ノラ」古参作家の一人。ギルドが出来た当初からずっと仲間として「ノラ」を支えている。

 私はため息をつく。

加藤伊織:「すずめさんには太朗くんがいます。のえるさんにはシオンさんがいます」

香澄るか:「はぁ」

 言いたいことが伝わらないのだろう。私は補足する。

加藤伊織:「『ノラ』ビッグスリーの内二人には『舎弟』がいるんだよぉ。ところがどうだ。私と来たら……」

香澄るか:「伊織さん、『舎弟』って……」

 くすくす、とるかちゃんが笑う。

加藤伊織:「太朗くんが昔からすずめさんのファンなのは知ってたさ。知ってたとも。シオンさんがのえるさん大好きだってことも知ってたさ。知っていたとも」

日諸畔:「まぁまぁ」

 ビスケットとコーヒーを持ってふらっと現れた日諸さんが、マグカップを口に運ぶ。

日諸畔:「加藤さんは広く色んな人に愛されているじゃないか」

加藤伊織:「ふん。私は知っているんだからな。日諸さんにだって朱ねこちゃんがいることを」

朱ねこ:「呼びましたー?」

加藤伊織:「ううん、呼んでない。あっ、ねこちゃん髪色変えた?」

朱ねこ:「えへへ、イメチェンです」

 ギルドが出来て、多少身の安全を確保できるようになると、作家たちの間にもこうして生活を楽しむ余裕が出てきた。もちろん以前の「カクヨム」のようにとはいかないけれど……でも、些細な幸せって、本当に大事だと思う。

 と、そんな日常に浸っていると、それをぶち壊すかのように。

 サイレンが鳴った。敵襲だ。

H.O.L.M.E.S.:「L9地区にて『エディター』と『ノラ』の作家が戦闘中です。緊急事態ではありませんが、援護をした方がよろしいかと」

「ノラ」の基地であるテントの中には、太朗くんが用意したダブルベッドくらいの大きなモニターがある。「カクヨム」の各エリアが表示されていて、トラブルがあった箇所を正確に伝えてくれる仕組みになっている。太朗くんの『ホームズ、推理しろ』から出てきた人工知能、H.O.L.M.E.S.はリアルタイムで「カクヨム」中をパトロールしてくれている。

陽澄すずめ:「私が行く! 最近多いな……」

飯田太朗:「援護するぜすず姉。H.O.L.M.E.S.、リアルタイムで眼鏡型端末に情報を送信し続けろ」

H.O.L.M.E.S.:「承知しました」

 眼鏡をかけ、腕時計を左手に巻く太朗くん。

H.O.L.M.E.S.:「L10地区にて新たな『エディター』を確認。敵が援軍を送っている模様です」

 すずめさんが「オペレーション!」と叫んでスカイスーツに変身する。

陽澄すずめ:「まとめて倒す! 太朗くん、敵の特徴と攻略法を逐一教えて」

飯田太朗:「任せろ。今日もかっこいいぞすず姉。愛してる」

陽澄すずめ:「ふざけてないで行くよ!」

 場面転換描写のワープでL9地区へと向かう二人。と、二人がいなくなってすぐ。

H.O.L.M.E.S.:「萌木野めい様より通信です」

 モニター一杯に茶髪ボブカット姿の女性が映る。

萌木野めい:「た、大変ですぅ! 多分野次馬でしょうけど、新しく『カクヨム』に来た人たちが『エディター』に襲われて……結構な数です!」

 と、テントの中が騒然として、ぴょこんとウサギの着ぐるみみたいなのえるさんが姿を現す。

六畳のえる:「俺が行きます! やっぱり最近『エディター』の数増えてますよね?」

篠騎シオン:「一度本格的に調査した方がいいかもですね……僕も行きます!」

加藤伊織:「私も行く?」

六畳のえる:「加藤さんはこの基地に何かあったら困るから残ってて!」

 最悪八門遁甲の椅子置いておけば雑魚『エディター』なら処理できるんだけど、まぁ、安全第一で行くか。

 のえるさんとシオンさんの二人がワープで消える。

『エディター』が出るとやっぱり場の空気がピリピリする。何というか、大きな地震にしょっちゅう遭うような気分。だんだん作家たちも慣れてきて、速やかに対処できるようにはなってきているけど、でも、命のやりとりが発生しかねない事態は、やっぱり心理的に厳しいものがある。

 しかしだ。まぁ、それにしても。

加藤伊織:「やっぱり舎弟欲しいよぉ……!」

日諸畔:「飯田氏と篠騎氏は舎弟扱いなのか」

 コーヒーをずるり。日諸さん。

日諸畔:「俺とねこちゃんはそういうんじゃないからな」

朱ねこ:「呼んだー?」

加藤伊織:「呼んでないいいい」

 くそう、と私は机を叩く。

加藤伊織:「私にも舎弟がいれば安心してこの基地を任せて討伐に行けるのに……」

香澄るか:「舎弟、いますよ」

 項垂れる私にそっと、るかちゃんが寄ってくる。

香澄るか:「私じゃ駄目ですか? 太朗くんみたいに分析出来たり、シオンさんみたいに戦ったり出来るわけじゃないですけど」

加藤伊織:「るかちゃんんんんん」

 この子は何ていい子なんだ。

「ノラ」にはまだ能力がハッキリしていない作家がたくさんいる。「カクヨム」が全フィールドを闘技場化したとはいえ、闘技場を使ったことがない作家からすれば自分の能力をどう使って『エディター』に対向すればいいのか分からない。るかちゃんもそんな非戦闘員の一人。彼女の性格上、ずっとおんぶにだっこは嫌だから、と戦闘向きの作品を書きそうだけど……。

加藤伊織:「るかちゃん私の後について来てくれるの?」

香澄るか:「はい! 私でよければ『舎弟』になります!」

加藤伊織:「るかちゃん大好きいいいい!」

 いいんだ。戦えなくても。作品を書いてそれを我が身のように愛すればその人はもう立派な作家だ。胸を張っていい。

加藤伊織:「じゃあ、私にもしものことがあったらるかちゃんに任せるね」

香澄るか:「私にできることなんてないでしょうけど……」

加藤伊織:「何言ってるの。そんなわけないでしょ」

 私はるかちゃんの頬に触れる。

加藤伊織:「こんな時だからこそ、必要なのは『優しさ』です。るかちゃんが今私に見せてくれたような、本当の『優しさ』が……」

 するとるかちゃんがにっこり笑った。

香澄るか:「はいっ!」

結月花:「ウウウウウ……」

 ふと、背後で作家の結月花さんが唸っていた。

朱ねこ:「あっ、花ちゃん丸いものを見たら……」

結月花:「ウウウウウ……アオォーン!」

日諸畔:「ビスケットに反応してるのか……!」

 慌ててむしゃむしゃ食べる日諸さん。花ちゃんが収まる。

結月花:「はぁはぁ……何で……? 『白銀の狼』はそんな作品じゃないのに……」

朱ねこ:「大丈夫? 『エディター』の影響かも」

香澄るか:「おかしいですよね。そんな影響の出方する作家さん、最近までおらんかったのに」

 確かに最近『エディター』の影響の出方がおかしい。今みたいに作品が曲解されている場合や、作家そのものを模倣したような『エディター』まで出てきている。単に「作品から対象を引っ張り出して暴れさせる」だけのウィルスじゃなくなってきている。

 一度本格的に調査した方がいいかもですね……。シオンさんのさっきの言葉が頭に浮かぶ。

加藤伊織:「よしっ。舎弟もできたし!」

 私は立ち上がる。

加藤伊織:「私、『エディター』の調査に出る!」

日諸畔:「今は他のビッグスリーの帰還を待った方がいいんじゃ……」

加藤伊織:「すずめさんとのえるさんが帰ってきたら、調査の必要性について検討する!」


 さぁ、そういうわけで。

 慎重に議論した結果、私とのえるさんが『エディター』の調査に出ることが決まった。私は結月花ちゃんを苦しめている謎の『エディター』の調査に。のえるさんは作家の模倣をしている謎の『エディター』の調査に。


 しかし『エディター』にもう一つ、『寄生型エディター』というのがいて、それがすずめさんを苦しめるようになったというのは、後に聞く話である……。

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私たちの「小説」の書き方。 飯田太朗 @taroIda

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