第7話・ゴミ屋敷2
大きく開け広げた窓から吹き込んで来る風は、とても澄んでいて心地良かった。
森の中の一軒家なので、二階から見える景色は木ばかり。でも、どんよりと淀んでいた館内の空気が一気に浄化されていくようで、爽快な気分になる。
「ふぅ、生き返るね」
外壁から蔦を引き剝がす作業のおかげで、さすがに両手はプルプルしている。栄養豊富な森の土で育った植物は、相当に頑固だった。
ベルから借りた手袋もドロドロに汚れてしまったし、髪も身体も枯れ葉や砂埃で大変なことになっている。
勿論、葉月の傍で蔦にじゃれて遊んでいた猫も同様だ。
葉月はベルが用意してくれた服に着替え、ふぅっと一息つく。以前に住み込んでいた使用人用の作業着らしいのだが、どことなくジャージ風でシンプルでとても動きやすい。勿論、例に漏れず埃っぽくてカビ臭かったから、袖を通す前には陰干し必須だったが。
森の中を歩いたせいで汚れ切った自前のスウェットは、この庭掃除でとどめを刺され、もう二度と着れない物となった。
「さすがに、疲れたぁ……」
休憩と言いながら、ベッドにゴロンと横になる。好きに使っていいとあてがわれた二階の部屋は、元から客間として用意されていたのだろうか、ベッドとチェストが備え付けられていた。
二階にある他の部屋も換気がてらに覗いてみたが、どの部屋も必要最低限の家具があるだけで、ガランとしていた。元々は別荘か何かだったのか、どの部屋もあまり生活感がない。
物に溢れてごちゃごちゃした一階との違いに、葉月はまた違う場所に転移してしまったのかと疑った。そのくらいに全く別の建物のようだった。
――絶対にこれ、二階まで物を運ぶのが面倒だっただけだ……。
ずぼらゆえ、生活スペースだけに物が集中してしまっている。当然、魔女の寝室も階下にある。彼女の部屋はパンドラの箱のような気がして、葉月は入るのも覗くのも避けていた。
物が少ないと言っても、もう何年も掃除の手が入っていないのが分かる二階もまた、一階と同じく埃と砂まみれ。窓から吹き込んでくる風に、大量の埃が容赦なく舞い上げられている。
「一瞬で綺麗になる魔法とか、ないのかなぁ?」
あればこの惨状にはなってない。いや、あっても面倒で使ってないだけかもしれない。この館の主人は片付ける気が全くないのだから。
「くーちゃんに任せると黒焦げになるだけだしね」
「みゃーん」
細い窓枠へ器用に座って、外の景色を眺めている猫は、短い毛を風になびかせ満足そうにしている。
猫でさえ、新鮮な空気の大切さが分かっている。
ベルの言っていた『物置部屋』はとても整然としていた。
掃除道具や大工道具、園芸用品などの道具が埃を被りつつも、まとまって収納されていたのは意外だった。そもそも物置部屋を物置部屋として使えていたら、あのゴミ屋敷状態にはなっていない。
ベル曰く、使用人が居なくなってからは一度も入ったことがない、というのも本当だろう。片付けに全く興味ない彼女には必要としない物ばかりが、しまわれていたのだから。
目的の掃除道具はというと、部屋の壁に立て掛けて保管されていたほうきはとても立派で、絵に描いたような魔女のそれだった。
黒づくめの魔女ファッションなベルが持てばいかにも飛べそうな雰囲気だったが、残念なことにこの世界の魔女は飛ばないらしい……。
葉月は思わず、これに跨いでポーズ取ってって言ったら怒られるかな? とベルの方を振り返る。
何となく、この人なら訳が分からずにもやってくれそうな気はする。
物の少ない二階の部屋でも念入りに掃除しようと思えば、一日一部屋が限界だ。なんせ、埃や砂は壁や天井も関係なく積りに積もっているのだから。
魔女の結界のおかげで虫が入り込んで巣を作ったりしていないだけマシなのかもしれないが。
一般的な魔獣除けの結界の何倍も細かく張るのは相当な魔力が必要なのらしいが、蚊帳の役割は十二分に果たしているようだ。本当に必要かはさておき。
せめて自分達が眠る部屋だけでも先にと、葉月はせっせとほうきを動かす。すると、思わぬ獲物を見つけて猫がじゃれ付きに飛んで来る。飼い猫のお約束だ。
右に動けばドタバタ、左に動けばドタバタ。前へ後ろへとほうきの動きに合わせ、慌ただしく部屋中を走り回っている。
「くーちゃん、邪魔っ!」
確かに無邪気で可愛いし、一緒に遊んであげたいとは思う。でも、せっかく掃き集めたゴミが一瞬でめちゃくちゃになるのは勘弁だ。
猫を抱きかかえ、ドアの外へと放り出す。
「みゃーん、みゃーん」
「ごめん、お掃除が終わるまで待って」
外から聞こえてくる甘えた声の訴えにも、心を鬼にして耐える。今は愛猫をハウスダストから守る為に頑張っているのだから、我慢だ。
布団を干したり、シーツを洗ったり、この先やっておきたいことは山ほどある。睡眠環境はきちんと準備してあげたいのだ。だって、くーは猫だ。猫は寝るのが仕事。なぜか翼は生えてるけど……。
「あら、追い出されちゃったのね」
「みゃーん」
一階からベルと猫の会話が聞こえてくる。
葉月のところが駄目なら、他に相手してくれる人のところへ行く。猫は人にはつかないとはよく言ったものだ。
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