第8話・魔女の薬

「あれ? また同じ瓶が出てきた……」


 魔女の館の片付けを始めてから、一階のいろんな場所で空の瓶を見つけることが頻繁にあった。木箱にしまわれていたり、棚に固めて置かれているものもあれば、床に転がっていたりと乱雑に放置されていた。

 形は様々だけれども、細長い青色の瓶の発掘率がずば抜けて高く、保管状態が悪くて割れたり欠けたりしていたものも少なからずあった。


 どれも中身は入っておらず、使い残しや飲み残しといった類の物はない。どちらかと言うと、これから何かを入れる為の物なのだろう。


 魔女本人に聞いてみても、「えー、そんなことしなくてもいいのに」とやる気を削ぐ返事をされてしまいそうなので、とりあえずは部屋の片隅に木箱を置いて種類別に仕分けることにした。

 見ようによっては、ゴミステーションの瓶の分別のようだ。


 実際に集めて分けてみると、空瓶の大半が青色で赤や黄色の小瓶や透明の丸いケースが少しずつ。


「あら、こんなに溜まっちゃってるのね。大変だわ」


 奥の部屋で作業していたベルが顔を出し、積み上げられた空瓶の山に気付いて、全く大変そうじゃない口調でおかしそうに言った。

 しばらく本数を数えていたが、あまりの多さに途中でやめてしまう。


「これ、何を入れる瓶なんですか?」

「調合した薬を入れる物よ。青は回復薬で、赤は解毒薬、えっと黄色は何だったかしら……そうそう、解熱薬。あとの小さいのは傷薬だったり、火傷の薬だったり」


 瓶にはラベルは無いので色と形で中身を区別するらしい。

 森で採取した薬草で薬を作って街に卸していることは聞いていたので、葉月はすぐに納得。薬作りとはいかにも魔女っぽい。


「回復薬が一番よく売れるから瓶がいっぱいあるんですね」

「ううん、回復薬は作るのが面倒なのよ。だから溜まっちゃうのね」

「?」


 聞けば、必要な薬があればその専用の瓶が街から送られてきて、中身を入れて送り返すという合理的なシステムを取っているらしい。

 だけど、ベルは調合に時間と手間がかかる回復薬作りは後回しにして、簡単にすぐ作れる薬ばかりを優先していた結果、納品されてない青の瓶の山が出来てしまったということだった。


 街側からすれば、毎回のように青い瓶を送って催促しても、いつまで経っても回復薬が手に入らない困った状態である。


 簡単な事だけして仕事をやった気になって、手間のかかる事は後回し。その結果、ギリギリになって慌てるタイプなのだろう。葉月の世界で例えるならば、夏休みの宿題は最終日に徹夜するタイプだ。


 ――大丈夫なのかな、この人……。


「回復薬、作った方がよくないですか?」

「そうねぇ。そろそろ怒られちゃうかしら?」


 普通に考えて、すでにめちゃくちゃ怒られてそうな気がするのだが、気付いていないのだろうか。


「今日あたりに来ると思うから、少しは作っておこうかしら。とっても面倒だけど……」

「今日、ですか?」

「そうよ。葉月も欲しい物があれば言えばいいわ。次に来る時に持ってきてくれるから」


 少しも焦った素振りもなく、どちらかと言えばウンザリといった顔をしながら森の魔女は奥の作業部屋へと戻って行く。

 薬を調合する為の素材はとっくに揃っていたようで、あとは彼女のやる気が足りなかっただけのようだ。


 ベルが作業部屋に渋々ながらも籠ってから随分経った頃だろうか、バサバサと外から大きな羽音が聞こえてきた。

 ソファーに積み上げられた書物のタワーの上でくつろいでいた猫は、耳をピクピクと動かして窓の外を見る。釣られて葉月も視線を送ってみると、大きな何かの影が見えた。


「あら。もう来ちゃったのね」


 張り巡らされた結界が揺らいだことで来訪者の存在に気付いた魔女が、奥の部屋から出て来た。

 こちらに来てからベルと魔獣以外に会ったことがない葉月は、少し緊張しながらもドキドキ。後ろをついて一緒に外に出てみる。

 くーはというと、特に興味なさそうに欠伸を一つしてからまた眠り直すことにしたようだった。


 バサッ、バサッ、バサッ。


 館の前でゆっくりと羽ばたいていたのは、大きな鳥。葉月の知っている鳥種だとワシが近いが、サイズが全く違い三倍くらいはあるだろうか。

 2メートル近い体長に鋭利な爪を携えたその脚には、ロープで釣るされた木箱があった。


「まあ、ブリッド。いつもご苦労さま」


 ブリッドと呼ばれたオオワシは森の魔女の契約獣なのだそうだ。普段は森の中にある巣を拠点にして自由に過ごしているようだが、十日に一度の物資運搬や特別にベルに呼ばれた時だけ姿を現す。


 木箱に入れられていた荷物を葉月とベルとで手分けして取り出し、替わりに中身の入った薬瓶を詰め込む。

 木箱いっぱいに様々な色形の瓶を詰めていたが、青色の瓶はその一割弱というところ。それでも無いよりはマシだろうか。


「あら、大変だわ……」


 届いた荷物を確かめながら、ベルが溜息交じりに呟いた。


「またいっぱい届いちゃったわ」


 ぶ厚めの麻袋に大切そうに入れられていたのは、大量の青い瓶だった。

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