手の鳴る方へ

 丘の上にポツンと生えた一本の木。

 その下でごろんと仰向けになっている屋代さん。直接、草の上に寝転んでいるものだから、綺麗な黒い長髪がバサァっと広がって、埃や落ち葉がくっついてしまっている。

 髪を踏まないようにそっと近づくと、彼女は瞳を閉じたまま、じっと動かない。……待ちくたびれて寝てしまったのだろうか。

 朝露がついていそうな長い睫毛、雪のように白い肌、人形みたいに整った顔だち。その端正な造形に、僕はついつい見惚れてしまう。

 まぁ、彼女は作り物で、人形には違いないのだけれど。


「えぇ、だって私はロボですもの」


 まぶたを閉じたまま、ニッと白い歯を見せた屋代さんは僕の身体をぐっと引き倒した。

「うぇっ?!待っ…っ!」

 あっという間に組み敷かれて、仰向けに転がされた。うぅ、草地とはいえやっぱり痛い。

 うめく僕の上に馬乗りになって、無邪気な笑顔の屋代さん。


「もう、遅いですよ。真崎まさきぃ」


 いたずらっ子みたいな表情なのに、髪を後ろで束ねる仕草は大人っぽくて、僕は何だかドキドキしてしまう。彼女はいつも勝手だ。ロボなのに。


「屋代さんから『お昼ごはんは外で食べよう』って言い出したんじゃないか。もうご飯も炊きあがっていたのに……」


 小さくボヤくと、屋代さんはいつの間にか僕から奪ったバックパックの中身をゴソゴソ漁っていた。……ホントに僕のことなんてお構いなしなんだから。


「……真っ白おにぎりだけとは、今日は手抜きですかぁ、真崎?」


「…そ、そうだよっ!屋代さんが急がせるから、しょうがなかったんだよ!」

 しめしめと思った僕は、それを彼女に気づかれないように、顔をそらして言い返す。それはではない。

「炊き込みご飯にするとか、ふりかけかけるとか、ひと工夫してくださいよ」

 案の定、気づかなかったようで、不満タラタラの屋代さん。でも、大きな口でかぶりついて、すぐ目をパチクリさせた。


「……っ?!……え?んん?何?……甘い?」


 ふふふふふ……ひとつめからを引いたみたいだ。

 屋代さんが食べているおにぎりに入っているのは、つぶ餡!

 ホントはおやつにお汁粉を作るつもりだったんだけど、敢えておにぎりに入れてみたんだ。


「……んん、うん!甘いからちょっとびっくりしたけど、これ意外といけますね!」


 そりゃ、当然!

 だって、実質"もち米抜きの逆おはぎ"だもん。不味いわけないよね。……まぁ、行き当たりばったりなことばっかりする屋代さんへの仕返しの気持ちがなかったわけじゃないけれど。


「これ全部、あんこが入ってるんですか?


 ……っ!?~~んんっ!?○▲※□っ!?」


 僕が返事をする前に、二つ目にパクっとかぶりついた彼女が今度は声にならない悲鳴をあげて、のたうち回った。

 またも思惑通りの反応な彼女に僕はニンマリ。バックパックの横から冷たいコーラを取り出し、紙コップに注いで差し出した。涙目の彼女は慌てて、ぐっとあおる。


「……っぷはぁ。あー……鼻にツーンっと来た……。

 これは……唐揚げとワサビですね」


 ……その通り。

 唐揚げとワサビは合う。また、唐揚げとコーラも合う。……そして!コーラはワサビの辛さを緩和するのだっ!つまり、これこそ最強コンボ!!!

 ……白米にコーラは合わない?それを言わせないための大量のワサビっ!!それどころではなくなるのだっ!マヨネーズを加えると少しマイルドになってオススメです☆


「真崎のは何が入ってるんですか?」


 と、今度は僕のおにぎりに横からかぶりつく。ロボなのに、もうホントに自由過ぎる……。まぁ、それが彼女なのだけれど。


「……サバ?……缶詰めかと思いきや……少しマイルド?」


「マヨネーズを一緒に入れたんだよ」


 敢えてしっかり混ぜていないから、缶詰めの部分とマヨネーズの部分、そして混ざっている部分の三種類の味が楽しめるってわけ。


「こういうお昼ご飯もいいですね」


 頬に米粒をつけた彼女は、ほっとひと息つくように空を見上げた。ロボなのに。


 ……いや、そういうロボなので。

 屋代さんは、そういう自堕落ロボなのだ。


 人類は科学技術の進歩とともに、生物として退化していた。筋肉だけでなく、脳機能の低下している個体が増え、それが社会秩序の崩壊すら招きかねない自体となっていた。『便利さ』というものに適応しすぎてしまったのである。

 そのことにいち早く気づいたとある研究者。彼が考案したのが、屋代さんのような自堕落パートナーロボ。“彼らパートナーロボのため”という大義名分を得ることで、僕たちに能動的な生活を送らせる。つまり、便利な文明を享受きょうじゅしつつも、怠惰たいだむさぼらせない。それにより、人類の退化を防止しようという試みである。


 そして、のひとり息子である僕は、プロトタイプの屋代さんを押しつけられた。臨床試験ということらしい。

 ……いい試みだと思う。案の定、僕も彼女のおかげで規則正しい生活を送れるようになったし。

 でも、僕はほんの少し寂しくなるときがある。彼女には『心』が無い。喜怒哀楽もそういう風に見えるだけだ。

 僕たち人間を能動的に行動させるために計算して動くように造られていて、それ以上の『心』は必要ないから。『心』が重大なエラーを引き起こす要因になりかねないから……。


「あ、すみません」


 頬の米粒を拭うと少し恥ずかしそうにする屋代さんを見ながら、僕はいろいろ考えてしまう。彼女に押しつけているいろんなことについて……。

 父さんは『そうやって考えさせるためのロボ』なんだって言うけれど……。


「……もうひとつ食べてもいいですか?」


 またすぐに、口の周りに米粒をいっぱいつけた彼女が首をかしげる。僕は黙って微笑んだ。

 コーラの炭酸がパチパチパチと弾けるのが聴こえた。人工的な甘い香りが鼻をくすぐる。


「いいよ。まだまだたくさんあるからね」


 ぽかぽか陽射しが暖かくて、空の青い午後だった。

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空が晴れたので おくとりょう @n8osoeuta

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