3話. 全力で嫌われてみせます!

 夢の中で、私にはろくにパーティを楽しんだ記憶がありませんでした。

 社交の場は、まさしく貴族同士の戦場。

 パーティの場で繋がりを作り、情報を得ていくことも次期王妃として欠かせない大切なお仕事でした。 


 ですが今世の私は一味違います。

 最終的には、国外に逃亡することを考えている私です。


 壁の花、万歳!

 私は片っ端から王城の料理に手を伸ばすのでした。



「おい、貴様! 殿下の靴を踏んで、一言の謝罪も無しとはどういう了見だ!」

「大変、申し訳ございません」


 騒動があったのは、そんな時でした。

 渦中に居るのは、セオドリック殿下のようでした。

 どうやら会場内の使用人が粗相をしたらしく、彼の取り巻きが大声でそのことを非難しているようでした。


「殿下の今日の衣装には、貴様の命より遥か価値がある。どう落とし前を付けるつもりだ?」

「臭い……。なんで神聖なる王城のパーティで、獣人風情が王城で働いているんだ?」


 見れば取り巻きたちが、1人の使用人を責め立てているようでした。

 責められているのはケモミミの映えた小さな少年。

 ケモミミ少年は、見ていて可愛そうなぐらいにプルプルと震えていました。


 セオドリック殿下は、別に積極的に責めようとはしませんでした。

 けれども取り巻きたちを、止めようともしませんでした。


 見ていて気分の良い光景ではありません。

 殿下と取り巻きを見て、不快そうに眉をしかめている者も多数います。

 しかしこのパーティ会場において、セオドリック殿下とその取り巻きの権力は最上位クラス。

 誰も口を挟むことは出来ず、ハラハラと成り行きを見守るのでした。



「そうだ──!」


 私はその景色を見て、ハッと閃きました。


 壁の花で居るだけでは努力不足です。

 今日はセオドリック殿下に嫌われるべく、積極的に行動を起こさなければなりません。



 私は夢の中で、王族としての心構えを事あるごとに話していました。

 王妃教育を受けて、セオドリック殿下にも王族としての自覚を促すための行動でした。

 しかし彼は口うるさい婚約者だと、私のことをますます遠ざけることになっていきました。


 つまり! 殿下は、自らに意見してくる令嬢のことが大嫌い!

 初対面の場で、面と向かって正論をぶつけてくる気の強い相手などもってのほかでしょう。

 それならこの局面を生かさない理由はないでしょう。



「あらあら、騒々しい。何の騒ぎですの?」


 そうして私は、サッと騒ぎに入ることにしたのです。

 それはちょうどケモミミ使用人を庇うような立ち位置になっていました。


***


「ルーナ・ランベルトでしたね? 何の用ですか?」

「私は、何の騒ぎかと、聞いておりますの!」


 セオドリック殿下が、不思議そうな顔で私を見ます。


「こちらの使用人が、私に無礼を働いたのです。

 友人がすっかり怒ってしまいまして──謝罪してもらっていただけですよ」

「謝罪、ですか……」


 彼の表情を見て、私は確信します。

 王族が獣人族を差別するのは当然のこと。

 自分が間違ったことをしているとは、微塵も思っていないようでした。

 


 ……彼は、そのように育てられてきたのでしょう。

 しめしめ、と私は内心で笑みを浮かべます。


 これから私は、彼にとってまったく常識外れのことを私は大声で主張します。

 これで間違いなく嫌われることでしょう。



「誰にでもミスはあるものです。あまりにも過剰な制裁に見えますが?」

「過剰な制裁、ですか? もともと獣人族が我が城で働くことが異常なんです。

 それとも君は、獣人族なんかの肩を持つのですか?」

「殿下、失礼を承知で申し上げます。

 このような衆目の前で、国民の上に立つ方が差別発言をしてはなりません」


 国に蔓延る獣人族への差別意識。

 それは根深い問題でした。

 夢の中で見た革命に大きな影響を与えたのも、王国に根深く残る獣人族への差別問題だったりします。


 国を導く者が、堂々と衆目の前で差別発言を行うこと。

 それは獣人族を冷遇する大義名分を与えることに等しいのです。

 その影響力は計り知れず、考えていなかったで済ませられることではないのです。



 もっとも幼い彼に、そこまで求めるのは酷。


「む、ルーナ・ランベルト。君は、王子である私に逆らうというのか?」


 私の言葉に、彼はムキになったように返します。

 夢の中ならいざ知らず、凄まれたところで中身19の私と比べれば、セオドリック殿下はまだまだ子供。

 小さな子供の戯言と聞き流しても良いのですが、


「主君が間違えた道に進もうとしているとき、お諌めするのが臣下としての役目でございます。殿下、もう少しだけ視点を広く持ってくださいませ」


 あえて嫌な言い方をしてみましょう。

 ここでの目的は、セオドリック殿下に嫌われること。

 ダメ押しです!

 

「殿下の発言には、思惑は別として、責任が伴います。

 見てください、この騒ぎを見ている者たちの顔を……」


 言われてセオドリック殿下は、集まった人々を見渡しました。



 おかしいですね。

 いつものように癇癪を起こすかと思えば、やけに素直ですね?


 何の騒ぎかと集まっていた人々は、サッと顔を逸らしました。

 このパーティは、セオドリック殿下の顔見せを兼ねているのです。

 その第一王子は獣人差別主義者で、気性が荒く気の赴くままに奔放に振る舞う者である。

 そのような噂が広まってしまえば、どうなるか──


「……? この国の者は皆、獣人族のことを嫌っているのではないのですか?」

「そんな筈ないでしょう。

 先程の殿下の態度では、融和派の貴族は間違いなく良い顔をしません。

 少なくとも過ぎた純血主義は今のように分断を引き起こします。今のようにね──」


 見れば獣人族の使用人を守るように、数名の使用人が集まってきています。

 案の定、彼らは敵意に満ちた目でセオドリック殿下を睨んでいました。



「生まれに囚われずに実力ある者を登用するのが我が国の誇りだった筈です。

 彼の仕事ぶりを見ていれば分かります。不遇な生まれによる蔑みを退け、彼はその仕事ぶりを評価されてここで働いているのです。

 そのような者に不当な命令を強いればどうなるか。分かりますよね?」


 諭すような言葉。

 私の言葉を聞いて、殿下は呆然とその場に佇んでいました。



 これだけ言えば、きっと嫌われることに成功したでしょう!

 私は今日の仕事をやりきったような、清々しい気持ちで笑みを浮かべました。


 もっとも彼を、これ以上に怒らせるのは得策ではありませんね。

 不敬罪でしょっぴかれたらたまりませんし、実家と王家の間に亀裂が入っても困りますから。

 ちょっと苦手意識を持ってもらって、婚約者の候補から外れられれば十分。


「この国には、私が知らないだけで色々な考えを持つ者が居るんですね。

 ルーナさん、あなたの貴重な意見に感謝します」

「臣下として、当然のことをしたまでですわ」


 私は短く一礼。



 ……あれ?

 なんだか今日の殿下は、不思議と素直ですね?

 大勢の前で癇癪を起こさないぐらいには、分別を身に着けていたということでしょうか。

 私はひそかに首を傾げながら、その場を立ち去るのでした。

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