2話. 壁の花になりたい!

「殿下に嫌われる! 殿下に嫌われる! 殿下に嫌われる!

 今日は! 絶対に! 殿下に嫌われてみせる!!」


 翌日、私はセオドリック殿下の誕生パーティに向かうため王城に向かっていました。

 仮病を使うことも考えましたが、それでは本質的な解決にはなりません。

 それより殿下にこっぴどく嫌われ、婚約者の候補から外してもらった方が確実だと考えたのです。



「お嬢様、心配しないでも大丈夫ですよ。本日のお嬢様は、誰よりも可愛くていらっしゃいます」

「ありがとう、ソフィ。いつもありがとう」


 ぶつぶつ呟いている私を見て、メイドのソフィは私が不安に思っていると勘違いしたのでしょう。

 にっこり笑って、そんなことを言うのでした。


***


 そうして訪れた王城の大広間。

 私たちを迎えたのは、王国の威信を示すがごとく趣向を凝らした贅沢な飾り付け。

 色とりどりのドレスを身にまとった令嬢が談笑し、雰囲気を作るように城内では宮廷音楽家による優雅な演奏が流れていました。



「はあ、気が重いですね……」


 蘇るのは夢の中の記憶。

 社交の場は貴族の戦場。笑顔の下で足の引っ張り合いは当たり前。

 次期王妃としての振る舞いが求められる張り詰めた空気。

 正直なところ、このようなパーティは夢の中では苦痛でしかありませんでした。



「さっさと、やることを済ませてしまいましょうか」


 今日の私の仕事は、パーティの主催者に挨拶することぐらいでしょうか。


 私は、セオドリック殿下に目を向けます。

 彼の前には、挨拶をするべく既に多くの令嬢が並んでいました。

 彼がキラキラした笑みを浮かべるだけで、笑みを向けられた令嬢は思わず頬を赤く染めていました。

 この年にして全ての動作が洗練されている非の打ち所がないイケメン。


 それがセオドリック殿下でした。



「セオドリック殿下、お初にお目にかかります。

 お誕生日、おめでとうございます。

 ランベルト家のルーナと申します。以後、お見知りおきを」

「こちらこそ」


 ちょこんとドレスの端をつまんで一礼。

 それは王妃教育仕込みの完璧な所作でした。


 セオドリック殿下は、相変わらずきらびやかな笑みを浮かべています。

 その笑みだけで夢の中の私は、胸を射抜かれるようなドキドキに襲われましたが……



「……では、私はこれで──」


 将来、浮気されることが決まっている相手に、どうすればときめけるというのでしょう。

 私は殿下のキラキラスマイルを華麗にスルーして、さっさと立ち去ろうとします。

 もはや殿下のスマイルよりも、王城の立派な料理の方が価値が高いのです。


「え?」


 何故か、驚いた表情を浮かべたのはセオドリック殿下でした。



「それだけ……?」

「はい。一刻も早く料理を頂きたいので! いけませんでしたか?」

「いや。いけない、なんてことはないですが……」


 何故かセオドリック殿下は、私を呼び止めようとしていましたが、


「それでは、失礼します!」


 そんな彼を適当にいなし、私はササッとパーティ会場の壁際に移動。


 目指すは壁の花。

 私は鼻歌混じりに、パクパクと料理を口に運びます。

 みなさん歓談に夢中で、せっかくの料理にほとんど手を付けていないのです。

 もったいないことこの上なしです。



 ……なんだか、視線を感じますね。

 視線を探ると、なぜだかセオドリック殿下がこちらを見ているような気がします。

 いったいどうしたというのでしょう?



「殿下! 一曲、踊ってくださりませんか?」

「ああ……」


 そんな殿下に、真っ赤なドレスを身にまとった1人の令嬢がダンスを申し込みます。

 うって変わって、つまらなそうな表情で応じるセオドリック殿下。

 それでも表向きは完璧な笑みを浮かべてダンスに応じていました。


 あの張り付いたような笑みは、殿下のデフォルト。

 腹の下では何を考えているか分かったものではありません。

 そもそも彼は、ペティさんと会うまで決して女性に興味を持つことはないのです。



「は~。殿下の心を射止めなければならない令嬢たちは大変そうねえ」


 まあ、私には関係ないんだけどね。

 私は、他人事のようにそんなことを思うのでした。

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