5話. 何故だか執着されてます!?
「心配しないで下さい。
殿下が本当に好きな人を見つけたとき、私は喜んで婚約を解消しますから!」
「心配しなくても、そんな未来は絶対に訪れないから!
あの日から、ルーナのことが忘れられなくて。……今の私には、ルーナしか考えられないんだ」
……えっ!?
殿下、真顔でいったい何を!?
まっすぐな目に射抜かれ、私は思わず口ごもってしまいます。
「それともルーナには、ほかに好きな人が居るの?」
「いえ。特にはおりませんが……」
「良かった──」
ホッとしたように頷くセオドリック王子。
なんだか根本的な部分で噛み合っていないような気がしますね。
「ええ。それより殿下は、私のことは気にせず新しい恋を──」
「もし君に好きな人がすでにいたなら、私はきっと耐えられなかった」
大真面目な顔で、セオドリック殿下はそんなことを言います。
まるで、殿下が私のことを──
「二度とそいつに会えないように、君をこの城に閉じ込めてしまいかねないからね」
「えっと、殿下?」
「それに、その笑みを他の誰かに向けていると想像しただけで。
私は、思わずそいつを八つ裂きにしてしまうかもしれない……」
……!?
その姿は、私が夢の中で知っている殿下とはかけ離れたものでした。
「……失礼。この間のパーティで君と出会ってから。
まるで自分が自分でなくなったみたいに、制御が効かないんだ。
──だから、どうかそんな悲しいことを言わないでおくれ。私の愛しい婚約者」
「殿、下?」
セオドリック殿下は、まるで熱にうなされたかのような熱い瞳で私を見ていました。
バッチリ目が会ってしまって、私は──
「ご戯れを。殿下が、私を好きになるはずがありませんわ」
思わず目を逸らします。
そう、それだけはあり得ないことなのです。
夢の中で、私の初恋は決して実ることはありませんでした。
勘違いしてはいけません。この婚約は、いずれ必ず破棄されるものなのだから。
「そうです。
私はパーティで、殿下に生意気なことを言ってしまいました。
これからもきっと、殿下を不快に思わせることを沢山──」
「だからこそ、君が良いんだ!」
──はい!?
不快なことを言われるからこそ、私が良い?
夢の中では気がつけなかったけれども。
もしかして殿下、実は変な性癖をお持ちで……?
「えっと。あの、殿下?
私ではきっと、殿下の特殊な嗜好を満たすことは出来かねるかと……」
「君は何を想像してるんだ……?」
セオドリック王子は、じとっと私を見ると、
「初めてだったんだ。
ああして、私の過ちを正してくれる者の存在も。
私に対してああして素っ気ない態度を取る者も──君だけだったんだ」
熱っぽい視線で、そんなことを言うのです。
「そんなことはないでしょう?
殿下には、優秀な教育係が付いているはずです……」
「私は、彼らを信じて良いか迷っているんだ。
獣人族の扱い──君が口にしたことは、彼らの語る常識とは異なっていた」
どういう意味でしょう?
「ルーナ嬢。
私には君のことが必要なんだ」
私は、困っていました。
今、目の前に居る少年が、私の知る"セオドリック王子"とは、あまりにかけ離れていましたから。
「もし断ったら──?」
「……外堀をすべて埋めてから、もう一度お願いする。
何度でも──何回でも。君以外との未来は考えられないんだ」
「それは、脅迫って言うんですよ」
彼はたしかに私の初恋の人でした。
どれだけ尽くしても見向きもされなかった生々しい予知夢の記憶。
諦めたはずだったのに、彼の真っ直ぐな視線を受けて私の中の無邪気な部分が喜びの声を上げてしまいます。
想像とは違う形だけど、ようやく彼に認めてもらえるときが来たのだと。
いいえ、勘違いしてはいけません。
きっと王子は、私に何らかの価値を見出したのです。
それだけのことで、それ以上でも、それ以下でもないはずです。
「分かりました。
殿下、提案をお受けします」
もっとも婚約関係は、王家と公爵家の思惑も絡みます。
私の答えは最初から決まっていましたし、特に関係ないんですけどね。
「ルーナ、強引な手を使って申し訳ない。
それでも──必ず幸せにすると誓うよ」
「殿下……」
その言葉を聞いて私は──
──この言葉が、将来、殿下の呪縛になってはいけない!!
なんてことを思うのでした。
「ありがとうございます。
でも殿下、もし殿下に好きな人が出来たときには、遠慮なくこの婚約は解消して下さいね?」
だから私の答えはこれ。
大真面目な顔で答えた私に、
「はあ。私の気持ちは、あんまり伝わっていないみたいだね……」
セオドリック殿下は、そう言いながら溜め息を付くのでした。
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