最初の項を読むだけでもう、黄ばんだページと退色した革の装丁の書物が見えてくる(当レビュー筆者は勝手に、緑色の装丁だと思っている)。古びた書物をめくると、それはひとりの男性の手による、内乱を中心とした回顧録。だから完全に客観的ではなく、ときに淡々と、ときに苦々しく、筆者(となった人物)の心情が透けて見える。筆者が行動をともにした、ある人物の言行録という見方もできる。本文の後に付けられた注釈もまた奥深く、ときに本文への容赦ないツッコミがあったりする。そして書物形式ならではの仕掛けも。
時間と余裕があるときに、簡単な地図と人物相関図と概略年表をメモしながら、じっくり読みふけりたくなる。ネット小説でありながら、重厚な架空歴史書。もしも書籍化するなら、ぜひとも退色した革の装丁(風)の表紙で。
下手な感想で申し訳ないですが、何かは無いと良くないと思いましたので書かせていただきます。
私もたまに「ハザール辞典」や「鼻行類」などの架空の歴史や生物史など読むのですが、これはそんな物に等しいアイデアの塊であるとそう感じました。
他の方が既に上手に感想で述べておられますので、この辺のことはここまでにしたいと思います。
私は1500年後に窓から鹿集館が見える借家に住んで、きっとパソコンとにらめっこしながら「歴史ネタで何かねえかな」とか言っている男であるのかもしれないとそんなことを考えてしまいました。
文字数が少ないのに何て厚いのだろうと、セリフがほとんど無いのになんて饒舌なのだろうと、そんな脳内を勝手に走るアドオンの様な作品だと思います。
一壺天という言葉があります。
それは――ひとつの壺の中に、別なる世界を見出し、遊び楽しむ――そういう意味ですが、本作こそ、その言葉に値する作品だと思います。
架空の世界、架空の歴史、架空の人物……そういう「世界」の根底から作り上げ、歴史を紡ぎ、さらに「それ」を人物に語らせるという、独自の手法は、さすがと言うほかありません。
ホアラ候ノルセン・サレとは、実在の人物なりや――そういう想いが湧いてくるほどに。
さて、そのホアラ候ノルセン・サレ、いかなる人物で、どのような軌跡をたどったのか。
今こそ、この「スラザーラ内乱記注解」を紐解き、その注釈と共にそれを考え、楽しんでみてはいかがでしょうか。
ではではノシ