第6話 柔軟剤
次の日の朝、私は鏡の前を行ったり来たりしながら、それを5回ほど繰り返し、母にせかされるまま慌てて家を出た。
「いつもこうなるんだよ、もう…」
走りながら、半泣きで呟いた。
私はいつもこうだ。
どれだけ早く起きても、大事な日の朝は念入りに準備しすぎる。結局完璧じゃないまま、時間ギリギリに家を出るのがお決まりのパターンだ。
私の学年の教室は全て4階建て校舎の4階にある。学校までが歩きで40分ほどかかる。ついてもさらに4階までの階段をのぼらなくてはならないのだ。
おまけに今日は急いで来たのでよりしんどく感じる。
教室に行くまでの階段を上がる時に、ふと降りてくる人を見上げた。
…!!!
………………星野だ。
星野がサッカー部の青色のユニフォームを着て降りてくる。サッカー部の朝練の格好だろうか。
星野がサッカー部という事はもちろん知っていたがユニフォーム姿は初めて見た。
当たり前だが、かっこよすぎる…。爽やかなお顔に青の爽やかなユニフォームがよく似合う…。少女漫画でよく出てくる学年問わず名の知れたサッカー部のモテ男…いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
私は慌てて前髪を整え、疲れて死にそうな顔を全力で真顔に戻した。
星野と一瞬目があった。私はいつものようにすぐに逸らした。
この間、10秒。
星野が完全に通り過ぎたあと、私は大きく息を吐いた。
なぜか息を止めていた。
…緊張した。
鼻から息をすったとき、微かにいい匂いがした。
これは星野の匂いだ。香水などの匂いではない。おそらく柔軟剤だが、何の匂いだろう。またドラッグストアに行ってこの匂いを探そう、と思った。
まさか朝から星野が見れると思わなかった私は、疲れも忘れ、ウキウキ気分であっという間に4階までのぼった。
その日は、1日が本当にあっという間だった。
あっという間に朝のホームルームが始まり、いつもは長く感じる数学や日本史の時間も、楽しみなお弁当の時間も、帰りのホームルームまで気づいたら終わっていた。
早く来て欲しいけど、ずっと来てほしくない、そう思っていた放課後の時間がもうきてしまった。
すでに緊張で心臓がバクバクしている。ああ、手汗、止まってくれ………紙がしわくちゃになったら死ぬ程恥ずかしいじゃないか……。前髪、変になってないかな…
「おーーーい!玲奈〜!!!!!
なにしてんのやるよー!!!」
由紀の大きい声に呼ばれて振り返ると、既に星野の席の周りに、折坂と松井と由紀がいた。私が色々考えているうちに、もう集まっていたのか。
「ごめんごめん!」
震える声をさとられていないかそちらにもドキドキしながら、私も星野の席まで行った。
星野と目があった。私はまたすぐに目を逸らした。
星野がよし、やるか!というと折坂が星野の席の周りに椅子を用意し始めた。
星野の机と椅子の周りにさらに4つの椅子が並んだ。星野の右隣に1つ、向かい側に2つ、左隣に1つだ。
すると、折坂と松井と由紀は星野の右側から詰めて座っていった。つまり1つだけあいている私の席はなんと星野の左隣の席。
「待って絶対無理だよ!!いきなり星野くんの隣の席なんて心臓が爆発して死んでしまう!!由紀が代わりに…いや、それはそれで嫌だな…。じゃあ松井くん!席代わって!お願い!」
と言いたいところだったが、私は絶対に星野に少しでも気があるということを悟られたくない。必死のポーカーフェイスで席についた。
今朝嗅いだ柔軟剤の香りがしてくる。心臓の音がうるさすぎて、皆の声がよく聞こえないくらいだった。
そんな私の動揺に気づいている由紀がニヤニヤしながらこちらを見ているのに気が付いた。私は由紀を軽く睨んだが、まったく気づかない様子だ。
まだ好きじゃないはず、ただすごく気になるだけだ。由紀にもそう説明したが、私はかっこいいと思っていることさえ星野本人には気づかれたくない。
私の気持ちがバレれば、彼女がいる星野には迷惑に思われるかもしれないという想像が何より怖くて嫌だった。少しでも気があるのだと、絶対に星野本人には気づかれないように密かに推したいのだ。
どうかこの気持ち永遠に気づかれませんように…。いまだにニヤニヤし続けている由紀を横目に見ながらそう心の中で祈るしかなかった。
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