第7話 四片のひとひら
雨が急に強く降り出した。きっとこれが…。
こんな私に彼に会う資格はあるのだろうか。自分の歪な考えに罪悪感が募っていた。こんな考えはやめよう。彼が好きならば、幸せを願うのがきっと正しいのだろう。
決意をするといつのまにか、私の足はあの橋へ向かっていた。
地面の水溜りは揺らいでいる。
彼がくるのを待つ。ここで雨が止んで仕舞えばそれまでだと覚悟を決めた。
雨が激しく地面に打ち付けられている。少し先が見えないほどに辺りは白と、コンクリートの黒に包まれていた。
そういえば、彼と初めてデートした時もこんな雨だった。
私はどれだけ雨に固執しているのだろう。違う。私がこの場所に残ってしまった理由はきっとそれでは無い。
喉元が縮むような気分だ。
「夕立かな」
彼はそこに立って居た。
待ち望んだこの雨とは相反して優しく立っている。
「どこかで雨宿りしよう」
そう言って私達は、少し隠れた場所にあるカフェに向かった。
店内へ入ると、温かい匂いがした。
私はカフェラテを頼み、彼はいつものようにコーヒーを頼んだ。私は苦いのが苦手なので、コーヒーは飲めない。
「ここへ来るの久しぶりだね」
思い出を思い出しながら、私は言わなければいけないことを口にした。
「私がいない間、何か変わったことはあった?」
それは少し期待も含んでいたのかもしれない。しかしずっと気になっていたことだ。
もしも、いつも通り過ごしていたのであれば、きっと安心していけるだろうと思った。だから聞いて置きたかった。そして彼には幸せになってほしい。
これだけ聞いたらもう十分なんだ。
彼は重たく口を開ける。心臓がどくどくと波打っている。
「いつもと変わらないよ、でも君がいないと雨ばかり気にする」
そんな言葉に胸が締め付けられる。そんなに辛そうな笑顔で私を見ないでほしい。離れたくなくなってしまう。
もう雨が止んでしまう。言わなければ。きっと彼なら理解してくれる。
窓の外のカタツムリが待ち焦がれた雨を浴びるように、地面を這う。
「雨が降るのはこれが最後かも」
虫の鳴くような声が出た。自分でも彼に聞こえているかわからない。
彼の瞳から目が離せない。
「いかないで」
そう彼は言った。運が悪かったみたいだ。
喉がきゅっと締まる音がする。
そんなこと、言わないで欲しかった。折角決めたというのに。君にそんなことを言われたら、私は。
「天気予報を見たの」
どうしようも無く言い訳する。思わず手に取ったカップは、カフェラテなのに苦い味がした。
「大丈夫、わかってるよ」
彼はそう言った。
本当に、彼はいつも私の気持ちを汲み取ってくれる。
きっと彼も気づいていたのだろう。これがどうにもならないことなんて。
もう紫陽花が枯れてしまうことなんて。
結局あんなふうにしか言えなかった。でも彼は気づいてくれる、いつもがそうだから。
私達はコーヒーとカフェラテを飲み終えて席を立つ。
さっきまでの重たい雨雲は、少し遠くに見える。薄灰色の雲の隙間から青空が見えた。
身体が少しずつ重たくなる。立っているのがやっとになってきた。私の身体がだんだん透けていく。大丈夫、彼もさっき言っていた。きっと、大丈夫。
もう夏のような空を見上げて私は目を瞑る。
雨の幽霊 卯月代 @uzuki3295
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