初恋は出汁の味。

うすい

恋味

やば!寝てたら...購買...!遅れちゃった!急げー!緑のたぬきが...無くなっちゃう!

廊下を突っ走り、購買所へ向かう。

「コラ〜、廊下を走るな〜。」

「ごめんなさ〜い!」

後でちゃんと謝るから!今はごめんなさい先生!たぬきが、私を待ってる!



はぁ...やっと着いた。

「おばちゃん!緑のたぬき一つくだ...」

「おばちゃん!緑のたぬきくれ!!」

突然横から誰かが割り込んでくる。

「ぁあら、はい、緑のたぬき。ラスト1個。200円ね〜」

目の前から、愛しのたぬきが消える。

「ちょっと...先に私並んでたんだけど...!」

「ん?三波みなみか。わりいわりぃ、たぬきみてえで小さくて見えなかったわ。」


「な...!なによ!」


私の愛しのたぬきを奪ったのは同じクラスの幼馴染、美団狐吉みだんこきち。バスケ部のキャプテンで高身長。正直、顔もかっこいい。

少し仲のいい私はよく嫉妬される。

イケメンって罪だなぁって思う。ほんとに。


はあ...私のたぬきぃ...。仕方ない、赤いきつねにしよう...。

「おばちゃん...赤いきつねください...。」

「はいはい、200円ねぇ。」

お湯を注ぎ、屋上へ向かう。

扉を開けると、まずは北風が私を出迎えた。

外は雪が降っていて、屋上も若干雪が積もっている。


雪の積もっていない場所を見つけ座る。少し冷たいけど問題なし!


赤いきつねの蓋を開け、湯気が顔中に広がる。油揚げを箸で持ち、口へ運ぶ。

...!え...!こんなに美味しかったっけ。

ふわふわの油揚げに出汁が染み、噛めば噛むほど口いっぱいに広がる。

暖かくて美味しい。

もちもちの麺も同時にすする。まさに...幸せだ。

「ふわぁ...染みるぅ...。」

目を瞑り幸せを噛み締める。

「フワァ!...染みりゅ〜!」

「はっンぐ...い、いつの間に!?」

気づけば隣に狐吉がいた。

「三波がたぬきどうしても欲しそうだからさ。」

「く、くれるの...!?」


「どうしよっかな〜。う〜ん美味しぃ天ぷらサックサク。」

「ほんっとウザい!?いいもん、私には油揚げあるし!すごい美味しいよ!これ。」


「ちょっと食わせてよ。」

そう言うと狐吉は私のきつねの油揚げを横からつまんで食べた。

「うお...これすげえうめえ!久々に食べたけど、俺きつね派かも。ほら、一口貰っちゃったっし、食べていいぞ。たぬき。一口だけな。」

そう言うと狐吉は私にたぬきを差し出した。


「いいの!やった!」

サクサクの天ぷらを一口かじる。口の中に天ぷらの風味が広がる。

直後に舌触りのいい麺をすする。

鰹と醤油の出汁の香りが鼻をスーッと抜けていく。

隣で狐吉がニヤついている。

「な、何...」

「お前ほんと美味しそうに食べるなーって。てか、こんなにお前が喋ってくれたの久々だなあ。寂しかったな〜。」

寂しいって...昔から狐吉は思わせぶりな事を言う奴だ。

「狐吉と話してたら他の子から怒られちゃうし。そもそも話す事ないし。」


「そんな周りのこと気にすんなよ。俺ら幼馴染だろ。ほら、そろそろ時間だし教室戻ろうぜ。」


「はーい」


それから、昼休みは2人で屋上で赤いきつねと緑のたぬきを食べた。

たまに交換したり、テスト勉強をしながら食べたり。

ノートに1度汁をこぼした時は、2人とも顔面蒼白。2秒後には笑ってた。

そして私たちは高校3年生になっていた。

桜の花びらが屋上まで飛んで来ている。


「はぁ〜今日も美味しい...!」

「油揚げ...めっちゃうめえな...きつね美味...」


「ね。あ、そーいえばさ、話変わるけど、狐吉は大学どこ行くの?スカウトとか来てるし、有名校?」


狐吉は少し黙った後、私の方を向いて言った。

「俺、スカウトは受けねえ。お前と同じ所、行きたい。」

動揺する。何を言ってるんだろう。また思わせぶりなこと言ってる。

「なんで?もしかして私の事好きなの〜?」

少しからかうように、私はそう言った。

「ああ。好き。好きだよ。だから、同じ所、行きたい。」

突然の告白に、動揺を隠せない。

「え?そんな、そんな、もったいないよ。だって狐吉は優秀で...ほんとに、もったいないよ。」

私なんかじゃ狐吉の横に立てない。なんで、狐吉は、私なんかを。

「三波の、返事を聞かせて欲しい。」

「私の...気持ち...私は...」

狐吉は真摯に私を見つめる。

一度大きく息を吸い、狐吉に返事をする。

「...私からもお願いします。狐吉、さん。」

途端、狐吉は子供みたいにはしゃぎ、飛び上がる。

「バカ!そんなにはしゃいだらうどんの汁こぼれちゃうよ!」


案の定、狐吉が膝の上に置いていた赤いきつねはこぼれ、狐吉のズボンをおしゃかにする。

「...〜アッつ!...!、本当嬉しいわ...。これからもよろしくな。三波。」

カッコつけるけど、ズボンが濡れてて、ちょっとダサい。いつもはあんなにかっこいいのに。

そう思うと、可笑しくて。

「ほら、たぬき余ってるから、食べよ?」


桜の花びらが、風に吹かれて私たちを包んでいる。



















「へぇ〜パパから告白したんだ!」

「そうよ。パパ、すっごいモテてたんだから。」

「お前、恥ずかしい話すんなよ...」

夫、狐吉が照れている。娘の美結はニヤニヤしている。

食卓には、赤いきつね1つ、緑のたぬきが2つ置いてある。

「はい!3分経ったからたぬきはもう食べていいよ〜!パパのきつねは後2分ね〜。」

「いただきます!」

娘がフーフー麺を冷ましている。

私も麺を少し冷ましたあと、天ぷらと一緒に麺をすする。

「う〜ん、美味しい!昔より天ぷらサクサクしてるし、出汁も美味しくなってる気がする!美結、美味しい?」

「美味しぃ〜!」

夫は横目にニヤニヤしている。

「相変わらず美味しそうに食べるな。美結も、お前も。」


淡い鰹出汁と醤油が口いっぱいに広がる。それは私にとって、甘酸っぱい恋の味だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初恋は出汁の味。 うすい @usui_I

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ