最終話 魔王メサイア様。いえ、メイさん。
「将軍、これはどういうことですか!?」
突如現れた将軍に、ディオスは食ってかかる。だが彼はそんなもの全く気にせず、メイに向かって話しかける。
「はじめまして。かつての魔王、メサイア。元々私は、あなたには傀儡となってもらいたかったのですよ。あなたのカリスマ性を利用し民の心を掴み、実権は私が握る。それが私の計画でした」
話している途中で、メイを包んでいた光が消える。再び姿を見せたメイの手には、黒い腕輪がつけられていた。
「その腕輪は、あなたの魔力を封じます。あなたが死んだ後、魔法具の研究は飛躍的に向上しましてね。軍の予算を大量に使い込んで作らせた結果、伝承にあるあなたの力の二倍程度までなら封じられる代物が完成しました。さらに──」
将軍はニヤリと笑うと、配下の一人を前に出す。その手には、魔法で眠らされているのか、抱きかかえられたハナの姿があった。
「貴様……」
「可愛い妹の命が惜しければ、大人しく私の言うことに従ってください。もっとも、逆らったところで今のあなたには何もできませんがね。逃げようとしても無駄ですよ。周りには結界が張ってあって、脱出は愚か、助けを求めることもできません」
勝ち誇ったように笑う将軍。だがこれは、ディオスも納得できるものではなかった。
「将軍。いくらなんでも、このような非道を認めるわけにはいきません。おやめください!」
ディオスは将軍の部下ではあるが、全うな倫理観を持っている。こんなこと、断じて認めるわけにはいかなかった。
だがこの手の輩が、部下の諫言で改心するはずもない。
「黙れ。いい機会だから教えてやろう。いかに力を封じることができるとはいえ、メサイアと初めて接触するとなると、やはり危険もあるかもしれん。そこで、元々リストラ候補に上がっていたお前を、捨て駒として使うことにしたのだよ」
「そ、そんな……」
まさか自分がリストラ候補、しかも捨て駒だったなんて。あんまりな事実に、ディオスは崩れ落ちるように膝をつく。
今やこの場は、完全に将軍に支配されていた。そう、誰もが思っていた。
だが、低く小さな声で、メイが言う。
「……おい。今すぐハナを解放し、ここから立ち去れ。そうすれば、命だけは助けてやる」
そこには並々ならぬ怒りが込められていて、それを聞いたディオスは、思わず体が震えた。
しかし、将軍は鼻で笑う。
「先ほどの話を聞いてなかったのですかな。その腕輪で、今やあなたの力は完全に封じられている。もはや、魔王一人の力で戦いが決まる時代ではないのです……よ……!?!?」
途中から、将軍の顔色が明らかに変わった。それもそのはず。彼の自信の根拠となっている、メイの魔力を封じる腕輪。それに、みるみるうちにヒビが入っていく。
まさか。そう思った次の瞬間、腕輪は跡形も無く間に粉々に砕け散った。
「ば、バカな。いったいなぜ!?」
驚愕する将軍に向かって、メイは言う。
「伝承にある私の力。その二倍までなら封じられると言ったな。だがな、伝承で伝えられているのは、私の全力の十分の一にも満たんぞ」
「なっ!?」
史上最強の魔王と唄われた力が、全力の十分の一。そのあまりにデタラメな発言に、誰もが耳を疑った。
だが事実、今の彼女からは、それが真実だと物語るだけの魔力が溢れ出していた。
「い、いや。いくらなんでもそれはおかしい。もしそうなら、なぜ前世のお前は勇者パーティーなどと相討ちになった。この力があれば、一人で簡単に世界征服できただろう!」
「ああそうだ。だからこそ秘密にした。うっかり世界征服なんぞしたら、魔族が人間を支配する世の中が始まるからな。私が望んだのは支配でなく平和だ。だからこそ、勇者パーティーと話し合い、和平への道筋ができたタイミングで、双方相討ちになろうと決めたんだ!」
「何っ!?」
歴史に隠された、衝撃の真実。
しかし、それを悠長に聞いている余裕などなかった。力を完全解放したメイは、驚くほど冷たい目で、将軍達を睨み付ける。
「ま、待て。私に手を出してみろ。妹がただではすまんぞ!」
この期に及んで、将軍はまだ脅しを続ける。いや、こんな時だからこそ必死なのだろう。
だがその時、今度はディオスが動いた。
「やぁっ!」
誰もがメイに注目したその隙に、ハナを捕まえていた男を、後ろから思い切り殴りつける。
完全に不意をつかれた相手は、あっさりと伸びてしまった。
「ディオス。きさま、裏切る気か!」
「黙れ。先に裏切ったのはそっちだろ!」
これで、将軍達を守る術は全て失われた。あとはもう、してきたことの報いを受けるだけだ。
「さあ、覚悟はできているだろうな!」
「「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」」
将軍、及びその配下達の、断末魔の声が辺りに響いた。
「まったく、とんだ目にあったものだ」
将軍達を成敗したメイが、眠ったままのハナを抱っこしながら言う。ちなみに、全員ギリギリのところで命だけは助けておいた。
とはいえこうまでやられては、二度とバカな事など考えないだろう。さらに将軍は、先ほど軍の予算を使い込んだなどと発言していた。それを詳しく調べれば、失脚は免れない。
そして、それを行うのはディオスの役目だ。
「もしかして、あなたが魔王にならないと言ったのは、こんな連中が出てくるのを防ぐためなのですか?」
世間が彼女の存在を知れば、似たようなことを考える奴は必ず出てくるだろう。そうなると、家族や周りの人達を巻き込むことになりかねない。
彼女がそれを望んでいないのは、今までのやりとりでよくわかる。
「まあ、それも理由の一つではあるな。だから、私のことは誰にも言わないでほしい」
「言いませんよ」
少し前のディオスなら、それでもまだ、魔王としての彼女に未練があっただろう。だがそのイメージが木端微塵に打ち砕かれた今、もう魔王になってくれと言う気はなかった。
「それでは、お元気で。魔王メサイア様。いえ、メイさん」
「ああ。お前も元気でな」
こうしてディオスは、将軍達を連れ、村を後にした。
ただ、それから時々、メイとは手紙のやり取りをするようになった。
畑で取れた野菜の話や、妹がいかに可愛いかがつらつらと書き綴られているそれを見る度に、なんともほほえましい気分になるのだった。
史上最強の魔王の生まれ変わり、どうか再び魔王になってください 無月兄 @tukuyomimutuki
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