第4話 魔王様の幸せ

「……というわけで、メサイア様が再び魔王になるのは不可能です」


 それだけ伝えると、ディオスは精も根も尽き果てた様子で通信用魔法具を切った。


 この村に来てから二日目。もはやメイを魔王の座に着かせようなどという思いは欠片も残っていなかった。

 力なくとぼとぼと歩いていると、遠目にそのメイの姿を見つける。


 なんとか殺されることはなかったものの、昨日の恐怖が甦り、ビクリと体を震わせる。

 だがメイの方はというと、ディオスの存在に気づく様子もなく、せっせと牛の世話をしていた。あれが、昨日話していた、腰を痛めたトメさんの飼っている牛なのだろう。


 すると、そこにトメさんとおぼしき一人のおばあさんがやって来た。


「メイちゃん、ありがとね。おかげで助かるよ」

「困った時はお互い様ですよ。それより、早く腰を治してくださいね」


 あなたが今牛の世話をさせているのは、伝説の魔王の生まれ変わりなのだよ。そんなことを思いながらその様子を眺めていると、さらに一人、中年のおじさんがやって来る。


「メイちゃん、さっきは畑に出るモンスターをやっつけてくれてありがとな。おかげで無事に立派な大根が収穫できた。一番大きいやつ、持ってってくれ」

「わぁ、おいしそう。晩御飯に使いますね」


 魔王を働かせて、その報酬が大根。なんだか頭がクラクラしてくる。


 だが、それを受けとるメイは本当に嬉しそうで、眩しいくらいの笑顔をしていた。

 その様子を見ていると、なんだか胸の奥がほっこり温かくなってくる。


(って、何を考えてるんだ俺は。こんな魔王様の姿、失望以外の何物でもないだろ)


 首を振り、自らの心に芽生えた感情を否定する。だがその時、ディオスに声をかけてくるものがいた。


「あっ、昨日のおじさんだ~」


 メイの妹、ハナだ。

 俺はまだおじさんじゃないと言ってやりたいが、下手なことをしてメイの怒りを買ってしまっては大変だ。引きつった顔で会釈をすると、ハナは隣にやって来て、遠くにいるメイを指差した。


「お姉ちゃん、人気者でしょ」

「う、うん。そうだね」


 それは、ディオスも見ていて思った。もちろん、様々な手伝いをしていることへの感情の気持ちもあるのだろう。だがそれ以上に、なんだか村の人達全てに愛されているような気がした。


「お姉ちゃんね、村のみんなは家族だって言ってたの。だいじな家族が側にいてとっても幸せだって」

「家族、か……」


 そういえば、歴史書によれば魔王メサイアは、両親の顔も見ずに育ち、家族と呼べるものは生涯存続しなかった。

 そんな彼女が、今は家族と、それに家族のように親しい人達と一緒にいる。それを思うと、それを大切にする気持ちも、少しわかったような気がした。


 そんなことを考えていると、そのメイ本人が、こちらに気づいてやって来る。


「また来たのか。悪いが、何度言われても私は魔王になる気はない。これからも、この村でのんびり暮らすよ」


 昨日と同じように、自らの思いを語るメイ。

 気がつけば、ディオスはこう答えていた。


「そうですね。その方がいいのかもしれません」


 こうもすんなり受け入れてくれたのは、メイにとっても意外だったのだろう。怪訝な顔をするが、その気持ち、ディオスにも全くわからないわけではなかった。


 彼もまた、故郷は寂れた田舎の村だった。

 寒い冬は、母さんが夜なべをして手袋を編んでくれた。隣に住む幼馴染みとともに登下校しながら、淡い初恋を経験した。魔族軍のエリートコースに入ることが決まった時には、ご近所さんがやって来て万歳三唱してくれた。

 いつも支えてくれた、暖かい家族や知り合い達。ディオスの場合、それらの応援を受けた上で村を出ることを選んだが、村に残るというのもひとつの選択肢だ。それに気づいた今、これ以上メイを魔王に勧誘しようとは思わなかった。


「あなたは、ここで大切な人達と一緒にいてください。将軍には、私が全てを伝えます」

「そうか。わかってくれてありがとう」


 ずっと憧れていて、最推しだった、魔王メサイア。その生まれ変わりはだいぶイメージとは違うものだったが、それでも、今なら会えてよかったと思えた。


 だがその時だ。なんの前触れもなく、辺りに全く別の者の声が響いた。


「それでは困りますな、メサイア様。あなたには、なんとしても魔王になっていただかなくてはなりません」

「──誰だ!」


 突然のことに、身構えるメイ。だが次の瞬間、彼女の体を謎の光が包んだ。


「なに!?」


 そして、声の主が姿を現す。


「あなたは、将軍⁉」


 現れたのは、ディオスに命令を下した将軍。それに、彼の配下の兵士達だった。

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