第3話 魔王様の素顔

「この子は私の妹で、ハナっていうんだ。歳は5歳。可愛いだろう」

「は、はい。たいへん可愛らしゅうございます」

「そうだろ、可愛いだろ、天使みたいだろ。あっ、だがいくら可愛いといっても、結婚したいとかはダメだからな」


 自分は今何を見ているのだろう。ディオスはそう思わずにはいられなかった。


 そりゃ、魔王の生まれ変わりにも、家族くらいいるだろう。妹がいたとしても、何も不思議はない。

 しかし、しかしだ……


「ハナ、結婚するなら姉ちゃんみたいな人がいい~」

「そうかそうか。お姉ちゃんもハナと結婚したいぞー!」


 デレデレに顔を崩しながら、ギューっと妹を思い切り抱き締めるメイ。


 これは、いくらなんでもシスコンが過ぎるのではないだろうか。なんだか、自分の中にある大切なものが壊れたような気がする。


 目の前で起きていることが信じられなくなるが、そんなディオスに向かって、メイは言った。


「これが、私が魔王にならない理由だ」

「なぜ!?」


 この際、シスコンなのは百歩譲って納得したとしよう。しかし、それで魔王にならないとはどういうことか。


「魔王なんてものは多忙を極める。そんなことをしたら、ハナと一緒にいる時間が減ってしまうじゃないか」

「そんな理由で!?」

「そんなとは何だ。もしもハナが、遊んでくれないお姉ちゃんなんて嫌いと言ったらどうするんだ!」

「知りませんよそんなの!」


 とても信じられないようなことを大真面目に言うメイを見て、ディオスは頭を抱えた。

 こんなもの、将軍になんと報告すればいいのだろう。メサイア様の生まれ変わりは、妹が可愛すぎてすぎて魔王にはなれません? そんなバカなこと、言えるわけがない。


「し、しかしですね、魔王になって世界を征服した暁には、あらゆる富をあなたのものにすることも可能なのですよ。金銀財宝に埋もれて暮らすことだってできるのですよ」


 こうなったら、物でつるしかない。なんとか説得を続けようとするが、メイはもう完全に、ハナの相手に夢中になっていた。


「お姉ちゃん。ハナね、とってもきれいな石を見つけたの。お姉ちゃんにあげる」

「わぁ、なんてきれいな石なんだ。お姉ちゃん、宝物にするからな」


 石ころひとつに大喜びするメイ。これが、史上最強と言われ、一人で軍勢を壊滅させるほどの力を持った魔王の生まれ変わりなのだろうか。

 だが、悲劇はまだ終わらない。


「お姉ちゃん、魔法少女ごっこしよう。お姉ちゃんが敵のモンスターの役ね」

「よしわかった。モンスターだぞー。がおー」

「えい、魔法少女らりあっと! 魔法少女じゃーまんすーぷれっくす!」

「うわー、やられたー」


 5歳児の攻撃に、成す術なくやられる魔王の生まれ変わり。今度は、魔法少女コブラツイストをくらっている。


「人は、生まれ変わるとこうも変貌を遂げてしまうのか」


 ショックからそんな言葉が漏れるが、それを聞いたメイが言う。


「言っておくが、素の私は前世からこんなものだったぞ。人前で魔王やってる時は、それっぽく振る舞っていただけだ」

「嘘だーっ!」


 そんな真実、知りたくなかった。それなら、今まで自分はいったい何に憧れていたのだろう。

 今やディオスの中にあった大切な何かは、欠片ひとつ残さず完全消滅してしまった。


 気がつけばガックリと膝をつき、目からは涙がこぼれ落ちている。


 するとそこに、ハナがとことことやって来た。


「おじさんどうしたの? どこかいたいの?」


 ナデナデと頭を撫でて慰めてくれるハナ。だがそんなものでディオスの心の傷は治らない。むしろ、怒りが込み上げてきて、ついこんなことを言ってしまった。



「うるさい! お前さえいなければこんなことにはならずにすんだんだ!」

「ふぇっ!?」


 突然怒鳴られ、涙目になるハナ。それを見て、さすがに少し罪悪感がわいてくる。

 だが彼は、人の心配などしている場面ではなかった。


「おい。今、ハナに何をした?」

「……へっ?」


 見ると、メイが怒りでわなわなと震えている。そしてその体からは、尋常でない量の魔力が放出されていた。


「ハナに何をしたかと聞いているんだ!」

「ひぃぃぃぃっ!」


 魔族軍特務部隊という戦闘職についているディオスだが、これほどまでの力の波動は感じたことがない。

 やはり彼女は、魔王の生まれ変わり。例えどんなにシスコンでも、その戦闘力は微塵も衰えていなかった。


「もしも妹を泣かせてみろ。魂も残さず消滅させてやる!」

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」


 村の片隅に、ディオスの悲鳴がこだました。

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