第2話 魔王様、断る

 史上最強の魔王と言われたメサイア。その性別が女であるのも、歴史好きの間で彼女が人気を集める理由のひとつであった。


 目の前にいるのは、十代半ばの村娘。けっこうな美人ではあるものの、かの魔王の生まれ変わりと言われても、すぐには信じられない。

 だがメサイア様探知機は、彼女こそがそうだと示している。ならば、あとは確認するだけだ。


「失礼。あなた様は、魔王メサイア様であらせられますか?」


 そう尋ねると、それまで不思議そうにこちらを見ていた娘の顔色が変わった。

 そして、言う。


「いや、私はメサイアではない」


 それを聞いて、ディオスに落胆の色が浮かぶ。だが娘は、それからさらにこう続けた。


「メサイアだったのは前世の話。今の私には、メイという名前がある」

「で、では……」


 やはりこの方が、伝説の魔王メサイアの生まれ変わり。なるほど、そう思ってよくよく見ると、素朴な格好の中にも気品が溢れていて、やや尊大な口調にも威厳があり、カリスマ性のあるオーラが溢れ出しており、背中からは後光が差している。


 思わず膝をつき、その場でははーっと土下座しそうになる。しかしそうしようとした瞬間、メイは彼の襟首を掴み、それを止めた。


「待て、何をしようとしている。こんなところで土下座なんぞしたら、服が汚れるだろ。それに、人に見られたら変に思われる」


 確かに。おそらくこの村の者達は、彼女が魔王の生まれ変わりなどとは夢にも思っていないだろう。

 そんな彼女に、魔族軍のエリートである自分が土下座している場面なんて見たら、困惑するに違いない。


「し、失礼しました、メサイア様」

「だから、私はメイだと言っている。だが、どうして私がメサイアの生まれ変わりだとわかったんだ?」

「ははっ、実はですね……」


 こうしてディオスは、これまでの事情を、そして、将軍から受けた使命を全て話した。







「……なるほど。私が再び魔王の座につき、人間を打ち倒し世界を征服しろと」

「はい。あなた様のお力なら、決して不可能なことではないでしょう。かつて果たせなかった野望を、叶える時が来たのです」


 ディオス自身は人間の支配に興味はないが、推しの復活、そしてそこからの偉業達成となると、興奮せずにはいられない。

 ましてや自らがその第一歩に立ち会えるなど、光栄の極み。そう思っていた。


 だが、話を聞いたメイはこう言った。


「断る」

「…………は?」

「だから、断ると言ったんだ。今は人間とも友好を結んでいて、平和な世の中になっているだろ。戦いなんてみんな望んじゃいない」


 確かにその通りだ。

 だが、戦いを望む数少ない例外である将軍から命令を受けたディオスとしては、それでは困るのだ。


「し、しかしですね。あなたが魔王となり民を先導すれば、そんな考えも変わります」

「それで何になる。わざわざ平和を壊す必要などあるまい。それにな、私にはこの村でやるべきことがある」

「やるべきこと?」


 はたしてこの方に、魔王以上にやるべきことなどあるのだろうか。怪訝に思いながら、その言葉の続きを待つ。


「まず、両親と一緒に家の畑の収穫をしなければならない。最近、近所のゴサクさんの畑近くにモンスターが出るからそれの駆除をする。トメさんが腰を痛めているから、治るまで牛の世話をする約束をしている」

「…………は?」


 ディオスは、自分の耳がおかしくなったのかと思った。


「なんで魔王の生まれ変わりであるあなた様がそんなことしなければならないのですか。自分の家のことならまだしも、ゴサクさんやトメさんなんて関係ないでしょ!」

「何を言うか。この村には若い衆が少ないから、そういう時こそ助け合わねばならんのだ!」


 田舎で農作業に勤しむ魔王。今、ディオスの中にある大切なものにヒビが入ったような気がした。


 しかし、しかしそれでも、ここで挫けるわけにはいかない。


「それなら、魔族軍の者達をこの村に派遣させます。それならいいでしょう!」


 そうしてやって来た者達が、どんな気持ちで農作業をやることになるかはともかく、それなら村の労働力問題は解決だ。


 だがそれを聞いてもなお、メイは首を縦にふろうとはしなかった。


「いや、やはりダメだ。私は魔王になどならない」

「なぜ!?」


 どうしてこんなにも頑ななのか、せめてその理由を知りたい。

 だがメイがそれに答える前に、どこか離れたところから声がした。


「お姉ちゃ~ん」


 声のした方に目を向けると、5歳くらいの小さな女の子が、こちらに向かってかけてきている。

 するとメイは、それを見たとたん、とろけるような満面の笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る