その24

 ラジオの件は黙っておいて、お祓いに成功したことにする……のかと思いきや、先生は二郎氏にマトリョーシカを渡して種明かしをしてしまった。それも、応接間に山中家全員が揃った前でのことである。

 二郎氏はマトリョーシカを持ったままぽかんとしていたが、

「それじゃ先生、兄は事故死だったってことですか?」

 と訊いた。

「ええ。二郎さんがお考えのことで悩んで自殺したわけではありません」

 先生は例の自信満々な態度で断言した。おれはぎょっとしたが、二郎氏は思いがけず明るい声で笑い始めた。

「ははは……それはよかった……実は、一郎から預かったものというのはこれでして。預かったというより、私が半ば強引に取り上げたんですが」

 二郎氏が取り出したのは、例のDNA鑑定結果が入った封筒だった。

「父が専門機関に依頼したもので、父と私との親子関係を否定するものです。これを父の元から持ち出したのは一郎なんですが、私にこっそり見せてくれたんです。私に相談した後で処分するつもりのようでしたが、無理を言ってもらっておきました。時期を見て父と話すつもりで……父が一郎の部屋に出入りしていたのは、おそらくこれを探していたんでしょうね」

 さすがのファルコンもファルコン節が出ないようで、じっと黙って話を聞いている。ミツヨさんはと見れば、案外落ち着いた様子でやっぱり黙っている。

「どうなさるんですか? 二郎さん」

「グループ内の人事が落ち着いたら退こうと思います。今のポストは本来、私が就いていていい場所ではありませんから」

「え〜!! 二郎兄、うち出てったりしないよね!? 困るんですけど〜!」

 突然、春子さんが大きな声で言った。

「うちでちゃんと働いてるの二郎兄だけなんだから、このまま偉くなってもらわないと困るんですけど〜! もしも山中グループがよそのひとに乗っ取られたりしたら、あたしにお金入ってこなくなるじゃん」

「春子、おま……」

 二郎さんが何か言いかけたところで、ミツヨさんが「ワシも困るのー」と割って入った。

「山中グループが他人に乗っ取られても困るし、春子が総帥になっても困るわい」

「あたし絶対潰すもんね〜!」

「春子ほんとお前……二人ともいいのか? それで」

「え、別によくない? 大体うちら、母親は同じなんだからさぁ、普通に兄妹じゃない? 二郎兄のことは超頼りにしてるんで〜」

 相変わらずフワフワだし、本音がダダ漏れだし、自分が一所懸命働くという選択肢もないらしい。まぁ、ファルコンはそれでいいような気がする……。

「そうじゃそうじゃ。総帥なんぞできる者がやったらいいんじゃ」

 ミツヨさんは泰然としている。やっぱり、意外と波乱万丈な人生を歩んできたのかもしれない。

「皆さんがそれでいいのなら、いいじゃないですか、二郎さん。一郎さんだってもちろんそれが望みだし、一郎さんが納得されるならお父様も納得されるでしょう」

「しかし、先生……」

 なおも歯切れが悪い二郎氏の背後を、例によって例のごとくじっと見つめた先生は、「そうですとも」とはっきり言い切った。

「お二人とも、いい表情をしておいでです」

 そう言われた二郎氏の顔がさっと晴れた、と思ったら、いきなり両目から涙がぼろぼろこぼれだした。

「うわっ、何これすみません……ちょっと春子ティッシュ、ティッシュとって」

「うぇ〜〜〜い」

「わざとゆっくりやるな! ず、ずみません先生」

「いやいや」

 先生は爽やかな営業スマイルを浮かべた。

 二郎さんはひたすら鼻をかんでいるし、春子さんはそれを見てゲラゲラ笑っているし、ミツヨさんはのんびりお茶を飲んでいる。めちゃくちゃだが、山中家の事件はこれで解決したのだという、明るい空気が漂っていた。

 こういうときおれは、先生はインチキ霊能力者だけど、世間に必要なインチキなんじゃないかと思う。こうやって誰かの救いになるのなら、インチキだってなんだっていいような気がする。

「では、後日請求書を郵送いたしますので、よろしくお願いします」

 まぁ、とるものは当然とるわけだが。


 というわけで予定より数日遅れてしまったが、おれと先生は依頼を解決し、無事都内の事務所に戻ることができた。ちょうどクリスマス当日だが、おれたちにはさほど関係がない。

「ラジオの件、皆に正直に教えちゃったのは意外でしたね。てっきり派手にお祓いやって、料金上乗せコースかと思ったんすけど」

 おれはカッターで梱包材を切り分けながら先生に話しかけた。通販で売っている数珠や御札などの発送のために、さっきからひたすら段ボールだのプチプチだのを切っているのだ。先生は先生で請求書を作ったり、溜まった郵便物を整理したりしていて、およそ味気ないクリスマスの光景だった。

 あの件で、先生もちょっとはいいとこあるのかもな、と内心見直していたのだが、

「あれは正直に話しておいた方が、俺の印象がよくなって得だと思ったんだ。二郎氏は出世しそうだから、いい人脈になるぞ」

 と、平然と言われてしまった。やっぱり人情ではなく、損得勘定で動くひとなのだ。

「しかしわからん」

 パソコンの画面を見ながら、先生が呟いた。山中邸を出てから、時々すっきりしない表情を浮かべているのだ。

「何がです?」

「どうして二郎氏は身を退こうとしていたんだ? DNA鑑定結果なんかとっとと処分しちまえばよかったのに、なんで後生大事に持ってたんだ……山中グループの総帥の座だぞ? 譲るか普通? どうしてそういう考えになるんだ?」

「先生……」

 そういうとこなんですよ、と思ったが、やっぱり口には出さない。

 そのとき、事務所の電話が鳴った。おれは作業を中断して受話器を取った。

「はい、もしもし」

『もしもし、雨息斎いる?』

 相手の声が聞こえたのだろう、先生がばっと顔を上げた。ものすごく嫌そうな顔をしている。

 実はおれたちの他にもうひとり、禅士院雨息斎がインチキ霊能力者だということを知っている人物がいる。そもそもその人物のおかげで、おれは先生と知り合ってしまったのだが………。

「あのババア、何のよ」

 先生が小声で何の用だと言い終える前に、受話器の向こうで『誰がババアだ』という声がした。

「……勘のいいお姉さんだ」

 先生が吐き捨てるように言った。

『逆に嫌味ったらしいねぇ。ねぇ、ちょっとお宅に頼みたいことがあるんだけど』

「こりゃ年末年始どころじゃないな」と言って、先生が立ち上がった。


 電話の相手は桜坂珠子さくらざか たまこという。

 禅士院雨息斎の弱みを握る天敵にして、「本物の霊能力者」を名乗る人物である。


(禅士院雨息斎のクローズドサークル劇場・完)

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禅士院雨息斎のクローズドサークル劇場 尾八原ジュージ @zi-yon

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