二十五【はじまりの唄】(2021/12/25)

「……と言うわけで、年内の返済が間に合いそうにないんだ。すまないね」


 のんびり言ったクマの横に並んで、ユノとタンザは揃って土下座した。

 シュリンも二人に倣ってそそと手をつき頭を下げる。


 金貸しのソリとその父のルドは、店終い間際に店にやってくるなり一列に並んで頭を下げた顔馴染みの一家に驚きながらも、顔をあげるよう促した。


「いやぁ。クマのおじさん。むしろあんな状態で、よくここまで返せたよね? おかげでうちも何とか年は越せそうだわ」

「おれもむしろよくここまで返せたなぁと自分でも感心するよ」


 すごいすごい、と愉快げに笑ったソリの後頭部を、父のルドは素早くはたいた。

 ユノも、金貸しの父子を前にして悪びれなくにこにこしている夫の頭を、横から無理矢理下げさせる。

 ユノちゃんも苦労するね、とルドにひどく同情されて、ユノは溜息をついた。


「すみません、ルドさん。けどもう、売る服も布もなくなってしまって、これ以上は入る見込みがないんです」

「いいよ、いいよ。もう半年は期限をのばそう。ユノちゃんの家なら、そう問題はないしね。そもそも半分以上はうちのバカ息子が原因だ。これにもちゃんと調べて貸すように、うちに不利になるような妙な貸付はしないように、今度こそきつく言い聞かせておくから。でも、返すもんは返してもらわないといけないんだ。うちに話を持ってきたのも、クマだかんね。悪いね」


 もちろんあの二人を見かけたらこっちも捕まえておくつもりだけど、と言い添えたルドに、「お願いします」とユノとタンザは即座に頭を下げた。


「にしてもさ。シュリンちゃんだっけ? 噂に聞いてたけど、ほんっと綺麗な顔してんね?」


 腰を落としたソリは、シュリンの顎先にひょいと手をかけた。

 タンザは素早く幼馴染の手を手刀で叩き落とす。痛いって、と手を振りながらもソリは構わず言った。


「だって、この子、見目がいいしさ。たか」

「それ以上言ったら、殴る」


 隣から聞こえたひどく怒った声色にシュリンは目を瞬かせて、いつの間にか傍に来たユノに「出ましょうか」と優しく背を叩かれた。

 呆れまじりに嘆息をしたルドが、ソリの首根っこを引っ張り、店の奥へ放り投げる。


「ほんっと考えなしで悪いね、タンザくん。シュリンちゃんも。クマ、残り分の半分はもうこいつに払わせることにしたから、とりあえず今日はこれでいいよ」


 お祭りに行くんだろ、とルドに聞かれる。

 シュリンは、なぜか急に憮然としてしまったタンザたち三人を見渡し、迷った末「はい」と頷いた。

 頷いた途端、ユノに腕を取られ、クマに「行こうか」とそっと背を押される。

 シュリンが首を巡らせると、タンザがルドに礼を言って店の戸を閉めたところだった。


「さっ、気を取り直して。どこから回りましょうかね?」

「揚げ菓子を買うお金は取っておいたから、ひとまずそれを買いに行こうか」

「いいわね。シュリンちゃんに食べさせたい」

「あぁ。たぶん、好きだろうね」


 シュリンの腕をとり祭の市場へ進みながら、ユノがクマと楽しそうに笑った。

 追いついてきたタンザが隣に並ぶ。まだひどく憮然としていた。

 シュリンが珍しく思っていると、目があったタンザがぎこちなく笑う。


「ごめんな?」


 シュリンが不思議そうな顔をする。

 タンザは皆まで口にすることはできなかった。

 ソリが言いかけたことは、タンザがシュリンと初めて会った時に一度とはいえ頭を掠めてしまったことだ。

 あの日の自分に対する腹立ちと苦い後悔にタンザは心の内で歯噛みする。

 

「タンザ」


 シュリンはタンザの袖を引いた。あちらに、とタンザの歩みを促す。

 まだ市場の手前だと言うのに、どこもかしこも、これまでになく賑わっている。


「人が、たくさんいます」

「あぁ。燈會ランタンの点灯日にさ、流れ星がたくさん降ったんだって。それが話題になってるらしいよ。また同じように流れるかもって。そんで、いつもよりたくさん他所よそから人が来てるらしい」


 たぶんシュリンが宝珠の森を閉じた時のあれ、とタンザがこっそり言う。


「あれ、ですか?」

「たぶんだけどね」


 きれいだったから、とタンザは言った。

 シュリン自身、神樹の上から四方へ星が流れていったのは、舞いながらも見えていたので、そうですね、と頷く。


「点灯日が一番盛りあがるからさ。シュリンに見せてやれなかったのは残念だけど」


 また来年な、とタンザは肩をすくめた。

 シュリンは帯にある三本のかんざしに手を触れた。りん、と変わらず鳴る音に目を伏せる。

 一本は落としてしまったのか、次の日もタンザに神樹のあった辺りに連れて行ってもらったけれど、とうとう見つからなかった。


「寂しい?」


 声をかけられ、シュリンはタンザを見上げた。


 宝珠の森を閉じた日。

 シュリンは知っている通りの手順を踏んで、神樹はいつも通りに手を貸してくれていたはずだった。

 違ったのはシュリンの想定を上回る速度で場が閉じたことだ。

 思いがけず宝珠の森ごとなくなってしまったことだった。


 消えていく宮城と神樹を前にして、何かが引きちぎられたようで悲しかった。

 散々泣いた後、はじめの日と同じように、タンザにおぶわれ家に帰った。

 タンザが戸を開けた瞬間、飛び出してきたユノに二人一緒に抱きしめられたのは、嬉しかった。

 無事でよかった、とクマに頭を撫でられ、また泣いてしまった。

 “寂しい”だったかはわからなくて、シュリンは首を横に振るう。


「そっか」


 どこか安堵したような響きが返って、シュリンはタンザの袖をついついと引っ張った。

 シュリンが見上げた先を追って、タンザが目を上に向けて笑う。


「あぁ、龍ね」

「龍です」


 見えてきた祭の市場の入口で、赤い龍の燈會ランタンが揺れていた。

 入口に近い店で、両親につれられたノーエとルーが、タンザとシュリンに気付いて手を振った。

 まだ見舞いにも謝りにもいけていないものの、元気そうな双子の姿にシュリンはほっとする。

 ひとまずよかったね、と横からユノに腕をぽんぽんと叩かれ、シュリンは「はい」と頷いた。


 暗くなりはじめた夕暮れの中、今宵も、入り口の赤い龍の燈會ランタンから順繰りに、祭の市場の中心に向かって火が入れられていく。

 店先にも明かりが灯りだし、道一帯が一段、華やかになる。

 市場のどこかで演奏がはじまった。

 奥から流れてきた音楽にシュリンは瞠目し、立ち止まる。

 気づいたタンザが、銅鐘の手合いの入る音楽の旋律にあわせ、たどたどしく歌を口ずさむ。

 へたねぇ、とユノが笑って、あれ詩があったのか、とクマが感心した。

 連なる燈會ランタンが風を孕んで、ほのやかに揺れる。


 シュリンはタンザの袖を握りしめて、遠い昔に聞かせてもらったのと同じ、はじまりの神話を辿る言祝ぎの唄に耳を澄ませた。



【おわり】

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宝珠の森 はじまりの唄 いうら ゆう @ihuraruhi

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