二十四【宝珠の森】(2021/12/24)
シュリンが扇をかえすと、踏みこんだ足元から燐光がたって、光が神樹の幹を貫いた。
夜空にはじけた光が、天を割る。
放射を描いて星が散り、金の龍が神樹を伝って地に流れ降りた。
タンザは呆気にとられてそれを見ていた。
シュリンは変わらず舞い続け、時折打ち鳴らされる鈴が、りんと空気を震わせる。
いつの間にか、辺りは煌びやかに彩色された壁に取り囲まれていた。
足元にひび一つなく広がる白い床石が、神樹の光を照り映し、ぼうと揺らめく。床石の下を、金龍が身をくねらせ滑り走った。
その先で、ひときわ豪奢な玉座に腰掛けていた女が、シュリンを見つめ、涼しげな目元を細めた。
『いちのくらい』
ふわりと玉座から浮き立った女は、床を擦る長い金の裾を漂わせ、舞い続けるシュリンに寄った。
朧げな白い指がシュリンの両頬に触れ、女は紅を差した唇をシュリンの鼻筋に触れされる。
『ようやく出せてやれたこと嬉しかった。帰ってきたと思ったら嬉しかった。お前の香がして声をかけたせいで、迷惑をかけたの』
すまぬ、と女は金粉をまぶした瞼を閉じ、許しを乞うようにシュリンの髪に頬を擦り寄せた。
その間も、シュリンは扇を返し、鈴を鳴らし、着物の刺繍に光を通して舞っていた。
(あぁ)
そっと悲しげに睫毛を伏せた女と目があった時、シュリンには何も届いていないのだ、とタンザは悟った。
シュリンの舞にあわせて、傍に寄り添い漂う女は、朗々と唄をうたいだす。
りりん、しゃん、と代わるがわるに鈴が鳴る。
女の唄はひとかけも、シュリンの耳には届いていないはずなのに、シュリンの鈴は合いの手を打つように正しく唄と交ざりあい、ひときわ清らかに高く鳴った。
空気が揺らいで、場がぐんと狭まった気がした。
途端、息苦しくなって、タンザは襟元を握りしめる。
荒く息を吐いて眉を寄せたタンザに、女は小首を傾げ薄ら笑みを刷いた。
『連れてゆけ。これに代わり、朕が閉じよう』
やわらかな声色に反し、ひどく命じなれた口調は重い響きを帯びていた。
「……なら、あんたはどうする。残るのか。いいのか、一緒に来なくて」
『そも亡霊じゃ。元よりここには、とっくにおらぬ』
さようならじゃ、と女は指先で、シュリンの髪から最後の簪を引き抜いた。
唄いながら、女がシュリンの動きにあわせてふわりと揺れる。
解けた先から黒髪が溢れて、背に広がる。
刹那、瞠目したシュリンの黒目がちな目が、タンザを見た。
答えを求めたみたいだった。
動きだけは止めることができないらしく、シュリンは簪でできた扇と鈴を振る。
扇にあわせて、風が神樹の中心へ向かった。
神樹が枝を震わせしゃんしゃんしゃんと忙しなく鈴を鳴らす。
銀の霧がたちこめて、雪のようにしずしずと辺りに降り積もりはじめる。
『遅い。早うせい。これをまた閉じ込める気か』
鞭打つように、女がタンザを睨んだ。
銀霧にまかれ朧に霞みゆくシュリンの姿に、タンザは慌てて地を蹴った。
舞い続けるシュリンの腰を、攫う。
抱えあげて走りだしたタンザの肩の上で、シュリンがなおも扇を鳴らした。
シュリンと一緒に唄っていた女の透明な白い指先が追いかけてきて、そ、とシュリンの頬に触れた。
『いちのくらい』
悲しげに愛しげに呼ばうその声は、恐らくまたシュリンには届かなかったろう。
それでも、シュリンの扇は応えるように、りん、と鳴った。
シュリンが嗚咽しながら、タンザの肩にすがりつく。
敷き詰められた針葉が照らす銀光の道をタンザは飛び進んだ。足を離した後から後から、道の両側が狭まり消えていく。
煌びやかな宮城の幻が霧の中で朽ちていく。
肩にすがりついたままシュリンが溢した言葉に、タンザは「うん」と頷いた。
シュリンは、ぎゅうと三本の簪を握りしめて、泣きながら遠のく神樹を見つめている。
震える背を叩いてやって、タンザは最後の針葉の道を飛び越えた。
空には元と同じ銀砂の星空が広がっていた。
振り返ったその場所に、森は跡形もなくなくなっていた。
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