第4話  一太郎-た=いちろう




「うん、よろしい」


 最後の一枚に、花子さんのOKが出た。

 砂時計を見ると、まだ少し残っていた。


「結構ギリギリ?」

「そうね。残り二〇分ってところね」


 ふう、とため息をついて花子さんが答える

 砂時計には目盛りもないのに、残り二〇分とかよくわかるものだ。


「時間も少ないことだし、報酬を決めましょうか」

「……報酬? もらえるんですか?」

「成果の対価を払うのは当然でしょう。例のあぷりを見てみなさい」


 花子さんに言われ、オレは〈ぶっとび〉の報酬の項目を見た。


「未設定の場合、願い事一つになるって書いてあるんだけど、どういうこと?」


 もしかして、コレ、花子さんがお願いを一つ聞いてくれるってことか?

 あんなことやこんなことを……!


 いやいや、まさか。そんなことがあるはずないよね。


「そのままの意味よ。あなたの願い事を一つ、わたしが聞いてあげるということよ」

「ええっ!?」

「そんなに驚くこと?」


 オレの声に、花子さんも驚いた。


「こちらではよくある報酬の支払い方だけど。そうか、あなたの世界では一般的ではないのね」


 さすが異世界だ。すげぇ……。


「ど、どんな望みでも、い、いいいわけ?」

「ええ、わたしが見合うと判断すれば。──どうしたの? 息が荒いわよ?」


 そりゃ息も荒くなるよ。

 こんな美人のエルフさんが、なんでも言うこと聞いてくれるっていうんだよ?

 興奮しない男がいるか? いや、いない! いるはずがない!


 オレがクリアした仕事は翻訳だった。

 専門性が必要な仕事だ。高額であっていいはずだ。


 いや待て。専門性といっても、それは〈万金鈴の書〉によるもので、オレのスキルではない。いやでも、この翻訳の魔導書を使えるという、オレの体質(?)はレアなはずだ。


 しかもその文書には、国の重要文書がいくつもあった。内政、外交、重要な予算案…一つ間違えば国が傾くようなものじゃないか。


 だったら、ハーレムとか要求できんじゃね?


 人間、エルフ、ドワーフ。女戦士、姫騎士、聖女、シーフ娘。あらゆる種族、あらゆるクラスの美女、美少女を集めて、あんなことやこんなことをする……。

 ハーレムが無理だとしても、花子さん一人とならイケるかも……!


 エルフの花子さん。

 メガネをかけた知的な超美人。近頃はグラマーなエルフが流行りっぽいが、花子さんのスタイルは、伝統的な(?)スレンダーボディ。


 でも、それがいい! それでいい!


 そう力説したくなるほど、花子さんは魅力的なのだ。


 こんな美人さんと、いわゆる薄い本のようなコトができるなら…できたなら……!


「決まった?」

「うわぁ!」

 

 至近距離で顔をのぞき込まれて、オレは飛び上がった。

 飛び上がったついでに二メートルほど下がってしまう。


「もう残り一〇分よ。まだ決められないの?」


 げげっ! 妄想している間にそんなに時間経ってしまったのか?


 早く、早く望みを言わないと。

 オレの望み…オレの望みは、花子さんと……!


「は、花子さんと働けたことが報酬、かな。なんて……」


 うわぁあああ!

 情けない! そして死ぬほど恥ずい! 

 パニクってたとはいえ、オレはなんて恥ずいことを口走ってしまったんだ!


「……バカね」


 内心悶絶するオレに、花子さんはため息ついた。そして一転、厳しい表情になった。


「あなたは、しっかり働き、成果を上げた。その報酬を受け取らないというのは、わたしに対する侮辱よ。成果のぶんの対価は受け取りなさい」

「す、すみません……」


 花子さんに叱られて、オレはうなだれた。


 ……オレはあまりにガキだった。

 ガキが照れ隠しにカッコつけても滑稽なだけだ。滑稽な上に花子さんを怒らせてしまった。


「ちょっと待ってて」


 しょげるオレを残して、花子さんは部屋を出て行った。

 と、思ったら、ドアを出てすぐの場所で、立ち止まり、言った。


「でも…ちょっと嬉しかったわよ」


 背中を向けたままの花子さん。

 でもそのとがった耳はほんのり赤らんでいた。


 うわぁあああ! かわいすぎるよ、花子さん!


 花子さんは一分と経たず戻って来た。


「これから大事な試験があるのよね。これを貸すわ」


 そう言って彼女が差し出したのは、白い羽ペンだった。

 ファンタジー作品や、中・近世が舞台の欧米の映画なんかでよく見かける羽のペンだ。

 よく見ると、白い羽は微かに虹色の光を帯びていて、ペン先は金色の金属だった。


「これは記憶を引き出すペンよ」


 花子さんが説明した。


「本来、わたしたちは見聞きしたものすべてを記憶している。思い出せないのは、忘れてしまったからではなく、その記憶が、簡単に取り出せないところにしまいこまれてしまったからなの。

 このペンは、そのしまいこまれた記憶を取り出す魔法があるの。

 あなたがちゃんと読み、理解していることなら、このペンに集中すれば思い出すことができるわ」

「すごい! そんなことが可能なんだ!」


 さすが魔法の世界。試験にヒーコラ行ってる受験生にすれば、こいつは夢のチートアイテムだ。


「おまじないよ」


 そう言って花子さんは羽ペンにキスをした。


 オレの合格を祈ってのおまじないか。嬉しいよ花子さん。


「今のおまじないで、このペンは十二時間後、こちらの世界に戻って来ることになったわ。それだけあればいいでしょう?」

「は、はい。十分です……」


 エルフで、メガネで、知的お姉さんで、その上天然ボケかよ!

 ちくしょう! どストライクだよ!


「では、最後の手続きね。を出してを起動して」


 言われた通り、スマホを取り出し、〈ぶっとび〉のアプリを起動させる。

 花子さんはスマホの画面に人差し指を置いて、静かに言った。


「すべての依頼は完了しました。ご苦労さま」


 そしてにっこりと笑う花子さん。


 これでお別れなのか。


 何か、何か言いたいけど、言葉が出ない。


 あわあわしているオレを見て、花子さんはくすりと笑った。


「もし、またあなたの力を借りたいと言ったら、来てくれる?」


 花子さんはお見通しだ。

「お、オレは──」


 決まっているのに、言葉が出ない。そこに──


 ──ぴろりん♪


 アプリの通知音が鳴り、世界は暗黒にぬりつぶされた。もう花子さんも、あの図書室も見えない。


「待って! まだ花子さんに言ってないことが…!」


 足下に光る魔法陣が現れ、稲妻が乱舞し、炸裂する。

 暴力的な閃光。破壊的な轟音。

 その中でオレは頭を抱えていた。


 微笑みながらハーブティーを入れてくれる花子さん。

 冷たいジト目でオレをにらむ花子さん。

 文書を読むことはコミュニケーションだと力説する花子さん。

 そして、「よろしい!」と微笑んで言う花子さん。


 短い間だけど、オレは花子さんに惹かれていた。


 また会いたいよ花子さん。


 ああああああ! オレのバカ! この一言がなんで言えなかったんだ!


 閃光と轟音はだしぬけにやみ、静寂が戻った。そして──


 オレは、受験会場にいた。


「ほんとに数秒しか経ってないんだな」


 スマホの時計を見ると、秒針が動いていた。時刻は試験開始の四〇分ほど前。

 違うのは、オレの手の中に魔法の羽ペンがあること。それだけだ。


「……よし、やるか!」


 魔法の羽ペンを手に、オレは席へと向かった。


 花子さんが貸してくれた魔法のペン。

 花子さんがキスしたペン。


 なんかもう、コレ持ってるだけで自信が湧いてくる。試験に受かりそうな気がする。


 異世界での冒険──っていうほど冒険ではないけれど、花子さんと過ごした何時間かの時間。

 とても充実していて、達成感があった。

 山と積まれた書類の翻訳作業。あれを片付けたことで、自信が付いた。


「きっとこういうの、レベルアップしたって言うんだろうな」


 受験票の番号の席に着き、オレはつぶやいた。


 もう魔法のペンなんかなくても、試験に受かりそうな気がする。

 いや魔法なんか使わず、己の力だけで試験に臨んでもいいかもしれない。それが試験を受けるということだし!


「……でも、やっぱり」


 羽ペンの魔法の効果が気になる。


 オレは羽ペンを握り、そこに意識を集中すると──


「おお…!」


 すごい。頭の中に、年号や英単語がずらずらとあふれ出てくる!


 前言撤回。こんなチートアイテム、使わないと損だ!


 実力で挑む? 受かれば勝ちじゃないか!


 それに、そう、これはすべてオレの頭の中にある記憶だ。カンニングだとしても合法的カンニングだ。


「ふふふ、この試験。もらった!」


 オレは勝利を確信し、試験の開始を待った。




   ◆   ◆   ◆




 ──二ヶ月後。


 オレは再びあの異世界の図書室に召喚された。


「お久しぶりね一太郎。試験どうだった?」


 笑顔で迎える花子さん。


「あははは……」


 かわいた笑いでオレは答えた。


「……見事に落ちました」

「ええっ? あのペン使えなかったの?」

「使えなかったというか、使わせてもらえなかったというか……」


 そう。花子さんから借りたチートアイテム。魔法の羽ペン。

 試験開始の直前、それを試験官に取り上げられたのだ。


 ──定められた筆記用具以外の使用を禁ず。


 あの大学の試験にはそういう決まりがあったのだ。


 魔法の羽ペンを取り上げられ、オレは頭が真っ白になった。次にパニックに陥り、試験は最初の課目から惨敗。

 そのショックで風邪をひき、無理して受けた第二志望は試験中にダウン。滑り止めにと考えていたところは、風邪をこじらせて試験を受けることすらできなかった。


「そんなわけで、春から一太郎から改め一浪ですよ。あっはっはっは~」


 もう笑うしかない。


 そんなオレを見て、花子さんは目を伏せた。


「ごめんなさい。わたしが人材召喚会社に依頼したせいね」


 しょんぼりする花子さん。


「いやいやいやいや! 花子さんのせいじゃないよ!」


 オレはあわてて言った。


「オレの世界には、運も実力のうちって言葉があるんだ。落ちたのはオレの実力ってことさ」


 考えてみれば、魔法のペンに頼ろうとしたのが間違いだったのかもしれない。


 使えないと知った時のショックで頭が真っ白になった。そこから急転直下の敗北、不戦敗である。

 とんだ豆腐メンタルである。何がレベルアップだ。


「そんなことより、また召喚したってことは、オレの力が必要な事態が起きたんだよね? 早速とりかかろうよ」

「いいの?」

「浪人になったから時間はある! それにちょうどバイトを探してたんだ」


 オレは明るく言った。

 空元気だけど、花子さんをしょんぼりさせたままではいけないからな。


「ありがとう。それでは、また一太郎に頼らせてもらうわね」

「よろこんで!」

「それでは、まずこれを飲んで」


 …………え?


 差し出されたゴブレット。中にはどろっとした赤い液体。そしてよく見れば、テーブルの上に座布団みたいな魔導書が。


「あ、あのもしかして、またインストール(物理)を?」

「ちょっとした更新だけだから大丈夫よ。……多分」

「多分って……」


 まあ、いいや。


 オレはぐいと赤い液体を飲み干し、叫んだ。


「よし! いっちょこいやぁ!!」




(おわり)

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