West

 その日、俺はインターホンの音で目を覚ました。


夏原なつはらさん、お荷物です』


 寝起きでかすむ目をこすり、疲れのとれていない身体を揺らしながらなんとか玄関までたどりつく。扉を開けるとオレンジ一色の空が目に刺さり、そこで初めて、自分が夕方まで眠ってしまっていたことに気づいた。

 久しぶりの休日やからってアラームかけへんかったら、まさかこんな時間まで寝てまうなんてな……。


 配達員との応対を済ませ、荷物を――1個のダンボールを部屋の中に持ってくる。


 ……茜音から?


 伝票には見覚えのある丸文字。

 なんやろ、何か送るとはLINEでも言ってへんかったし……。

 首をかしげながら、ばりばりとガムテープをはがして開封。すると、


 中には、丸い形をしたいくつもの赤色。

 毎日見ているので見間違えようがない、赤いきつねのカップ麺だった。

 そして、便箋びんせんが1枚。


『差し入れ送るねー。ほんとは色々入れようと思ったけど仕事忙しいから料理するヒマなさそうだし、これにしたよ。なつかしいでしょ? しばらく食べてないだろうし』


 ああ、そういえば……。

 その言葉を見て思い出した。学生時代、付き合いたての頃のことだ。バイト先が一緒で、夜遅くにアパートに帰ってきて、小腹がすいたからと2人でよく食べていた。

 だからか、俺が毎日食べるカップ麺に赤いきつねを選んでいたのは。昔の習慣が身体に染みついていたってことだろう。

 そんなわけだから、正直懐かしさはあまり感じないが……、


「ま、晩メシにはちょうどいいし、いただこう」


 箱から1つ、それを取り出して封を開ける。たまの休みは疲れて1日中寝てしまうから自分で料理することもない。茜音のチョイスは大正解だ。


 明日も仕事やし、食ったらもう寝よ。あ、それからあとで一応お礼のLINE送っとかんとな。

 ぼーっと考えながら流れ作業で用意をする。

 5分待って、さあ空腹を満たそうとひと口食べた瞬間、


「!!」


 俺は眠りから覚めたように目を見開いて、そして身体が硬直した。

 その違い・・に、気がついたから。


 そっか、これは……。


 つゆのからまった麺をかみしめ、飲み込む。口の中に広がるのは、いつもよりさっぱりとした味。

 今自分が手に持っているのは、紛れもなく「赤いきつね」。毎日食べているカップ麺。だけどその中身はまったく違っていた。


 薄めの味つけの中にも、たしかに感じる昆布のだしと塩味。


 これや……これやった……。


 かすんでいた記憶がよみがえってくる。あのときふたりで食べた、懐かしい味。肩を寄せ合って笑い合った日々。

 懐かしい――思い出。


「もしもし、茜? 今かまへん?」


 気がつけば、俺はスマホに手を伸ばしていた。


「差し入れ届いたわ、ありがとうな。そんでさっそく食べてみたんやけど、東京で売ってるやつとはぜんぜんちゃうかったわ。やっぱ関西風のやつの方がうまいな」


 言葉が次々と出てくる。ついこの間まで、そっけないLINEのやりとりしかできていなかったのは嘘のように。


「そんでな……今度時間つくって、そっち帰るわ」


 小さく、けれどしっかりとした口調で、俺は言う。自分に向かって宣言するように。


 話すことがない? 何を話していいかわからない? それがなんだというのだ。俺は別に芸人でもなければ人気作家というわけでもない。大笑いさせたり、号泣させるような話である必要はない。

 大切な人と話すことは、どんなに些細ささいなことでもかまわないのだ。そういうものが積み重なって、人と人の関係は――ふたりの関係は構築されていく。たとえそれが、1杯のカップ麺の味のことだとしても。


「……ありがとうな」


 電話を終えて、ぽつりとつぶやく。指先でそっと、カップのふちをなぞる。


 黄金色こがねいろのスープに映る顔は、少しだけ笑っていた。 

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いつもと同じ/違う一杯 今福シノ @Shinoimafuku

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