緑のタヌキは許されない

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話

緑のタヌキを見ると思い出す。


中学校入学したばかりの頃。

親から買い物を頼まれて大手スーパーマーケットに来ていた私、木村美紀はなったばかりのクラスメイトを見かけました。

彼女は上木未希。関西から引っ越してきたと自己紹介で言っていました。

出席番号が近く、同じ名前の読み。

引っ込み思案な私とは違い、すでに「ミキミキ」というあだ名があるクラスでも目立つ存在でした。

そんな彼女がカップ麺のコーナーで難しい顔をして唸っています。

あまり関わりたくない。

気づかれないように立ち去ろうとする私の耳に物騒な言葉が飛び込んできました。


「やっぱ許されへん」


ビクリと驚いて私はカートをぶつけて音を立ててしまう。

彼女がこちらを向いて目が合った。

こうなると無視する方が失礼だ。

慌てて挨拶しようとする私より先に彼女が口を開きます。

コミュ力の差を見せつけられました。


「こんにちは。木村さんもかいもん?」

「こ、こんにちは。上木さん」

「ミキミキでええよ。って木村さんは呼びにくいか。同じ名前やもんな」


別に怖い人ではないとわかっている。

気さくで明るい。

ただ関西弁の圧が強くて喋るのも早い。

私が一方的に苦手意識を抱いているだけです。

同じ名前でもこうも違うのかと比べられている気がして。


「うーん木村さんにもあだ名を考えないとあかんか」


なぜそうなった?

不穏な発言が聞こえたので私は慌てて話題を変えます。


「上木さんは何を見てたの? 許さないって聞こえたけど」

「ああ。これや」


差し出されたの赤いキツネと緑のタヌキ。

有名なカップ麺です。


「ネーミングがどうも納得がいかんからネットで調べたんよ。でも納得いかん」

「……なるほど」


その話はテレビで聞いたことがありました。

関西では油揚げの乗ったそばをタヌキそばと呼ぶと。


「まあカラーリングは目立つからとかいうけったいな理由なのは別にええねん。赤いキツネは許せる。でもこいつは。緑のタヌキだけは許されへん」

「確か関西では呼び名が違うんだよね」

「おお知ってたか」


ヒートアップする彼女に話を合わせて落ち着かせます。


「大阪ではそばに油揚げ乗せたらタヌキそばや。京都の油揚げ刻んだ餡掛け乗せたらタヌキという理屈はわからんけど。これは私もネットで知った」


なんだか大阪と京都の確執は深そうです。

触れてはいけないのでしょう。


「関西と呼び名が違うから許されないってこと?」

「違うねん。確かにしっくり来んし、東京のタヌキを大阪ではハイカラとか呼んだりするけど」

「なぜハイカラ?」

「それには諸説あって誰にもわからへん」


わからないのか大阪人。


「まあ今時どこのうどんチェーン店でも揚げ玉無料でついてくるから、その呼び名もうちらの世代が最後かもしれへんけど」


漂う哀愁。

どんな世代なのでしょう。

ハイカラにどんな思い入れが。

彼女と私は同じ世代ではないのでしょうか。


「ってそれはどうでもええねん。気に入らんのはネットで調べたタヌキの由来や」

「由来……ですか?」


そういえば知りません。

気にしたこともありませんでした。


「どうもタヌキは元々イカ天を乗せていたらしいんやけどな。イカがなくなり揚げ玉だけになり、具のタネがなくなったからタが抜けてタヌキになった説が有力らしい」

「なるほど」


本当に調べたんだ。

妙なところで納得する私に再度彼女は緑のタヌキを押し付けてきます。


「この話を踏まえて、再度このパッケージを見てみ」

「え? ……あ」

「気づいたやろ」

「う、うん」


これは確かに許されないかもしれない。


「そう緑のタヌキはかき揚げそばであってタヌキちゃうねん」

「そ、そうだね」


揚げ物は形がしっかりしているし、ちゃんと美味しそうな小エビが入っている。

これはかき揚げだ。

商品名の偽装かもしれない。


「今時どこのうどんチェーン店でも揚げ玉無料でついてくるからって、こんな小細工でタヌキだけでも延命しようとして。ハイカラに救済はないんか」

「気にしているところそこなの!? メーカーは絶対そこは気にしてないよ」


ついに私は声を上げてツッコミを入れてしまった。

急に大声を出した私に彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐにニッコリと笑った。

見惚れるような屈託のない笑みだった。


「おかしいのはそこだけじゃないんよ。このメーカーのタヌキうどんはどんな名前やと思う?」

「え、えーと。その口調だとタヌキうどんじゃないよね?」

「違うな」

「じゃあかき揚げうどん」


もしも他の商品でタヌキとつけず、かき揚げとつけていたら緑のタヌキは許されない存在かもしれない。

だが答えはより想定外だった。


「天ぷらうどん」

「なんで!」

「かき揚げなのに天ぷらうどん。なんなら細長いカップサイズでかき揚げの形が壊れてほぼ揚げ玉でも天ぷらうどん」

「だからなんで! 素直にかき揚げうどんやタヌキうどんじゃダメなの?」

「それは誰にもわからへん。私の中でメーカーに問い合わせるかせめぎ合っとる」


彼女は悲しそうに手に持った緑のタヌキを見つめる。


「……ただ諸悪の根源はロングセラー商品のこいつなんやろな」

「……そうだね」


そのとき私たちは東西の壁を乗り越えて一つの答えを出した。

緑のタヌキは許されない。


その日から私とミキミキは話すようになり、大学生になった今も関係は続いている。

緑のタヌキを見るたびに、あの頃のバカな会話を思い出して笑ってしまう。

何気なくてくだらないのにあったかい。

友達になるための話のタネになるのなら、緑のタヌキを許してもいいのではないか。

……そう思ったこともあったが。


「アイカタさんいた! さっきミキミキが探していたよ」

「え? なんだろ。ありがと」


いつの間にか私のあだ名が「アイカタさん」で定着してしまった。

やはり緑のタヌキを許してはいけない。

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