第199話 世界

 聞こえますか? 聞こえますか?


 勇者よ、私の声が聞こえますか?


 とかくこの世は生きにくく、自分のことで精いっぱい。

 いくら正しくあろうとしても、思うようには生きられない。


 でも、そんな忙しい日々の中にほんの少しだけある、貴方が本当のあなたでいられる時間。


 例えば、貴方が一日の終わりにお気に入りのネットゲームにログインして、気の合う仲間たちと一緒に今日は何をしようかと相談している、そんな時。


 もしもこの声が聞こえたならば、きっと世界を救うため、仲間たちと共に駆けつけてくれる勇者達よ。


 どうか、私の願いを聞いてください。



 此処は正義が敗北し、邪悪が蔓延る世界。

 突如現れた大魔王により、終わりを迎えようとしている世界。



 この世界の邪悪は強大です。


 大魔王を打ち滅ぼすには、たくさんの善なる力が、勇者の力が必要です。


 別の物語世界の主人公よ。

 世界物語を渡る勇者達よ。


 さあ今こそ、奇跡の如きその力で


 心のままに、存分に。

 いっそ面白半分に。



 この世界物語を救って下さい。



「世界渡りの占い師はNPCなので世界を救わない」



 最終話:<世界THE WORLD



 ▢▢▢



「旧ボス出ました。応援お願いします」「こっちにも出たー! 死者多数!」



 次に現れたのはローブを来たガイコツという一般的な死神のいでたち。それでも今までの死神とは明らかに違う特徴を持っていた。


<サンクタ・モルス>


 勇者達から「旧ボス」と呼ばれるその死神は、女の人だった。


 顔と身体はガイコツの姿ではあるのだけれど、纏っているローブは鎌幽霊たちが来ているようなボロボロではなく、繊細な刺繍と美しい装飾が施された見た目にも明らかに豪華なもの。


 恐れ忌避される「死」ではなく、畏れ崇められる「死」の形。


 過去の清算、苦痛からの解放、諦めることは悪ではない、安らかな眠り。


 そんな<死神デス>の持つ優しい側面を象徴する、謂わば、死の女神。


 その恐ろしくも神々しい姿にふさわしく、死の女神は今までの死神とは桁違いの強さだった。


 赤、青、白、そして黒。勇者達から攻撃を受ける度に女神が纏うローブは色を変え、それに合わせて弱点属性や攻撃パターンが変化する。ローブの色それぞれ恐ろしい攻撃方法を持っているのだけれど、黒を纏っている時は特にヤバい。


 大ダメージに加えて即死効果のある波動を広範囲に放ち、しかもその波動の犠牲になった勇者たちのHPを吸い取って回復する。巻き込まれた物の数が多ければ、頑張って減らしたHPも満タンまで回復してしまう。その上この波動で死亡した者の躯には黒い光がまとわりつき、一定時間蘇生を無効化する。


 ちょっとやそっとの攻撃ではよろけたりしない。右手の鎌は真後ろからの攻撃もやすやすと防ぎ、左手に持つ分厚い魔導書からは様々な魔法を放ってくる。


 とんでもない怪物。いや、神。


 ……でも。


 それでもやっぱり多勢に無勢。勇者たちは死の女神をも圧倒する。


 強力な死神が出現すれば、たちまちそこに勇者たちも殺到する。蘇生無効という神職では対応できない恐ろしいバッドステータスも、呪術師や踊り子たちが瞬時に治療してしまう。


 それに強力な死神が出現するようになった分、リーパーやグリムリーパーと言った下位種の死神の出現が減ってきたみたいだ。今は人数的にも圧倒的に勇者の方が有利だ。


 大空洞のあちこちに勇者の塊が出来て、怪人虫鎧やガイコツ女神と戦っている。


 私はというと、ギンエイさんをはじめイケメルロン君、ゴウさん、ルリマキさん、白蛇姫のカガチさん、それにマーソー団の皆さんという超豪華なメンバーにがちがちに守られていた。これなら大魔王だって逃げ出してしまいそう。


 同様に師匠もカラムさんにマーソー団の人たち、シロ君クロ君、それにキティーさんが連れてきたギンエイ座の人たちに守られて絶対安全状態だ。


 ギンエイ座の人たちは裏でいろいろ動いていたらしく、ついさっき副団長であるキティーさんに率いられて合流した。派手な服装と派手な動きで死神と観客を圧倒する猛者ぞろいだ。


 キティーさんの種族は本当は半巨人族なんだけど、今は特殊なアイテムを使って別の姿と別の名前になっている。なんとリザードマン族の白蛇姫カガチさんそっくりになっているのだ。


 名前もカガチさんでダブル白蛇姫である。ギンエイ座で主人公の白蛇姫を演じたのがキティーさんだったから、ファンの人には嬉しい演出だろう。


 それに、キティーさんが白蛇姫さんの格好をしているのは私としても余計なことを考えなくてすむのでありがたい。半巨人族の女の人は大変にスタイルが宜しいのだ。白蛇姫さんも凄く綺麗なんだけど、師匠はほら、ね?


 加えて更にもう一人、懐かしい人が駆け付けてくれた。



「ああ、サンモルが三匹沸いてるじゃないか。これはなかなかに壮観だね」



 死神たちの合間を縫って現れたのは私と同じエルフ族の少女。ギンエイさんと同じ吟遊詩人で、私を助けてくれた六人の勇者の最後の一人。まるで未来が見えているような戦いぶりで、絶対勝てなかったはずの戦いを勝利に導いたとんでもない人。



「ウタイさん~!」


「やあコヒナさん。久しぶり」



 ウタイさんもジョダさんと同じように長く姿を見ていなかった。ジョダさん以上に情報がなくて、もうやめてしまったのかなと思っていたのだ。このタイミングで来てくれるなんて凄い。



「おやコヒナ殿、ソレとお知り合いでしたかな?」



 ソレ? ソレってウタイさんの事?「お知り合いでしたかな?」はこっちのセリフだ。



「ギンエイさん、ウタイさんとお知り合いなのですか~?」


「ああ、ソレは私の妹でして」



 何ですとっ⁉


 今明かされる衝撃の新事実。そういえば、ギンエイさんがモンスターの攻撃をひょいひょい躱すの、あの時のウタイさんと似てるかも。二人とも吟遊詩人だし。


 そっか、なるほどな~。



「なんだって、冗談じゃない! こんな奴知らないね」



 あれ? えっ、えっ、どっち?



「ああ、失礼。難しい年ごろでしてな。昔はお兄ちゃんお兄ちゃんとよく懐いてきた可愛いヤツだったのですが」


「そんなわけあるか! コヒナさん、騙されちゃだめだぜ」



 ウタイさんはぷいっと顔を背けるとお爺さん死神と戦うイケメルロン君を助けに行ってしまった。



「やれやれ、困ったものですな」



 ギンエイさんも苦笑している。ええー。そうなのか。駄目ですよウタイさん、お兄ちゃんは大事にしないと。



「アレ、一体何がしたいんすかね? いや、凄いっちゃすごいんすけど」


「引くわー。何回見ても引くわー」


「はい」



 ???


 ジョダさんとカガチさんとルリマキさん、どうしたのかな。私が知らなかっただけでもしかしてこの兄妹喧嘩はよくあることなのかな? ウタイさんがログインしなかったのもそのせいだとか? でもそれだとここに来るのはおかしな気もするし。


 二人の間には一体、どんな物語があるんだろう。



「さて、そろそろですかな」



 気が付くと死神の数がずいぶんと減っていた。いつからか出現が停止していたようで、勇者の一団が最後の女神を退治すると、大空洞は静けさに支配された。


 これで終わり、ではないんだろう。勇者さんたちは死女神のことを「旧ボス」と呼んでいた。つまりこの後に現れるのは。


 やがて、ぼっ、っと音を立てて、大空洞の北側に、青く燃える火柱が現れた。


 ぼっ。少し離れたところにもう一つ。時計で言うと一時の辺り。



 ぼっ、ぼっ、ぼっ、ぼっ。



 円を書くように、大空洞に火がともる。



 ぼっ、ぼっ、ぼっ、ぼっ、ぼっ、ぼっ。



 合計十二個の火柱が、大空洞をぐるりと囲う。



 ごう。



 炎が描く円の中央に、十三個目のひときわ巨大な火柱が立ち上がった。



『我を恐れよ』


『何人も、我からは逃れられぬ』



 その内側から不吉な影が現れる。青く燃える巨大な馬、それにまたがるガイコツの顔をした騎士。



『抗うことなかれ。我が前に、汝らの存在は等しく無意味であり』


『我が前に、汝らの葛藤は等しく無価値である』


『我が名を知れ。そして受け入れよ。されば大いなる安らぎが訪れよう』


『我は終わり。我こそ死、そのものである』



<デス>



 シンプルに、カタカナ二文字で示された、自己紹介どおりそのものずばりの名前。


 死神の癖にえらく丈夫そうなガタイ。それを覆う鎧は何でできているのか、炎の中にあっても一切の輝きを見せない暗黒の色。手にはもちろんおなじみの大鎌。


 馬の方ももちろん普通じゃない。口には馬にあるまじき大きな牙が並び、その隙間から明らかに毒だと分かる紫色の息が漏れだしている。


 だが長々と登場の口上を語る死の前に、一人の吟遊詩人が立ちはだかった。



 ぽろん。



「ああ、ご忠告痛み入る。だがその言葉、そっくりそのままお返しするとしようじゃないか。恐れるがいい、我らからは逃れられぬ、とね」



 ぽろん。



 奏でていたリュートを死神に向けて突き付ける。それはいつの間にか手品のように、死神たちが持っているのと同じ禍々しいオーラを放つ死の大鎌デスサイズへと変化していた。


 実際には動きながら装備を変更したというただそれだけのことなんだろう。でも視覚効果は劇的。ギンエイさんが凄い人だというのは聞いていたけど、さすがあのウタイさんのお兄ちゃんだけのことはある。これはきっとギンエイ座の舞台も凄いんだろうな


 今度は鎌をくるりと大きく一回し。その一振りで今度はギンエイさんの姿が変わった。まるで舞台の早着替えだ。


 道化の服と修道服をごちゃまぜにしたような、真っ黒で冒涜的な服装。顔を半分だけを覆うドクロの仮面。手にした鎌も含めて、全てを死のモチーフで統一したようなその姿。



「さあ覚悟しろ、死神。我らこそお前の<死神デス>だ」



 強敵との戦いを予感させる、不穏と勇ましさが入り混じったメロディーがパソコンのスピーカーから流れだす。


 リュートを大鎌に持ち替えてもなお、ギンエイさんの歌はアバターとプレイヤーの士気を最高潮へと誘導する。



 ある日、平和だった私達の物語世界に悪魔が現れた。


 ちっぽけだった悪魔はたくさんの人の心に根を張って成長し、やがて巨大な大魔王へと姿を変えた。



 それは物語を食らう邪悪なる物語。



 私達の物語の大魔王ラスボスと、勇者達との闘いの幕が切って落とされた。


 じゃーんと一際大きな音が鳴り響いた直後、待ってましたとばかりに勇者たちが放った魔法や飛び道具が一斉に、流星のように死神へと降り注ぐ。


 きっともの凄く強いだろう死神のHPバーがぐんぐんと減少していく。


 不吉な青い馬が嘶きを一つ上げると、死は一瞬にして別の場所にテレポートした。こんな動きをされたらどう対応していいかわからなくなりそうだけど、そんな心配も今はいらない。死が慌てて逃げだしたその先も勇者達で埋め尽くされている。


 苦し紛れに放たれる即死効果を持つ範囲攻撃だって足止めにもなりはしない。勇者に死は通じない。


 今まではたくさんの死神たちとそれぞれ戦っていた勇者たちの剣が、斧が、操る魔獣が精霊が、魔法が歌が、唯一匹の死を追い詰める。死神のHPバーの減少は止まるどころかさらに加速していく。



「ああ、これはいけない。DPMが高すぎる。あの阿呆め、煽りすぎなんだよ」



 阿呆というのはギンエイさんのことだろうか。ウタイさん、駄目ですよお兄ちゃんにそんなこと言っては。でもDPMが高いと何かまずいのかな? もしかしてダメージいっぺんに与えると強くなっちゃうとか? なんだかもう倒せちゃいそうな勢いだけど。



「メルロン君、撃ち方やめだ。ジャッジメントアローは使えるな? よし、チャージ開始!」



 やれやれ、というように一瞬肩をすくめた後、イケメルロン君はウタイさんの指示通りにチャージを開始した。


 なるほど。 うん、私もそれがいいと思う。色んな人に助けて貰ってここまで来たけれど、この世界で最初に私を助けてくれたのはイケメルロン君だ。 おっと、今はもうイケメルロンさんかな?



「まだ、まだだぞ……。3、2、1、今!」



 ウタイさんの合図に合わせて、イケメルロンさんになったイケメルロン君が矢を放つ。


 審判の一矢ジャッジメントアローと名付けられたその一撃は光の尾を引き、狙いたがわず死の脳天を射抜いた。


 ぱき、ぱき。


 そこから、死神のガイコツ顔に光るひびが広がる。


 ぱきぱきぱき、ぱきぱきぱきぱき。


 光のひびは物理法則を無視して、ガイコツ顔のみならず、暗黒色の鎧にまで広がっていく。



『勇者よ、我を退けるか』


『だが、いずれ我は必ずまた現れる。その時を楽しみにしているがいい』


『何人たりとも、決して我から逃れることはできぬのだ』



 最期に微かでも残滓を残そうと足掻く呪いに、死神の格好をした吟遊詩人が告げる。



「ああ、重ねてのご忠告、誠に痛み入る。だがどうだろうね。案外次の機会にも別の勇者が現れて、お前を追っ払ってくれるかもしれないさ」


『くっくっく。ふはは、あーっはっはっは』



 ギンエイさんの返事がよっぽど気に入ったのか。それともやりこめられた負け惜しみなのか。


 死神はわっはっはっはと大笑いしながら、ぱっしゃーんと光の粒になって溶けていった。


 あちこちで歓声が上がる。デスはやっぱり本来は恐ろしい相手なんだろう。まだ生き返っていない達の蘇生、臨時パーティーからはじまるお友達関係、レアアイテムを手に入れて叫び声をあげる人。花火とか紙テープでお祝いしている人もいる。


 そんな中、死神の最後見届けて、いつもの座長さん服に戻ったギンエイさんがくるりと振り返る。



「さて、数多の勇者の活躍により、大魔王は見事討伐されたわけでございますが……」



 ギンエイさんは師匠に歩み寄って、顔を覗き込んだ。



「ふむ、私が見た所、呪いは完全には解けていないようでございますな」



 え、そうなの? まだ何かあるの? ラスボスの後はネクストボスとか?



「では最後の仕上げと参りますか。ワアロウ殿、こちらをどうぞ」



 大勢の勇者が見守る中、ギンエイさんが師匠に手渡したのは紫色の大きな布。でもただの布じゃない。あの布には見覚えがある。



「これは……」


「大急ぎで作らせました。まま、多少のデザインの違いは多めに見ていただきたく」



 あれは、ネオオデッセイで師匠が着ていたローブだ。正確にはそのローブを模してギンエイ座の衣装の人が作ってくれたものだろう。



「ああ、お着換えにはこちらをお使い下さい」



 あれは多分透明薬。ギンエイさんみたいな早着替えを出来る人でなければ人前で裸になってはいけないのだ。



「それともう一つ。こちらもお渡しさせていただきます。使い方は勿論、お判りになりますでしょうな?」



 ギンエイさんが最後に渡したのは紙の束みたいなアイテム。おそらく何かのシステム上の証書。


 それを見た「ワアロウさん」は、困ったような顔で笑った。



「あなたはほんとにおせっかいな人だ」


「ほほ。ワタクシ、コヒナ殿には大恩ある身にてございますれば、師匠殿にお褒めにあずかりまして、恐悦至極に存じます」


「……ありがとうございます。使わせていただきます」



 あれは。


 あのアイテムは、もしかして。


 そうだ、きっとそうだ。ギンエイさんの言う通り、確かに呪いはまだ解けていない。それはこれから解けるのだ。


 師匠のアバターの「ワアロウさん」が、初めて私の方を見た。



「コヒナさん、もうちょっとだけ待ってね」



 ワアロウさんの姿が消える。透明薬の効果が表れる直前、師匠の慣れない操作で「ワアロウさん」が浮かべた表情は、師匠のアバターの「和矢さん」の笑い方に、少しだけ似ていた。



「さあさあ、ワアロウ殿に掛けられた呪いが解けるまで、あと一歩でございます。これなるは由緒正しき、死神を追い払う魔法の言葉。どうぞ皆様、私に続いてご唱和下さいませ」



 ああ、解ける。


 これならほんとに呪いは解ける。



「では、参りますぞ。『あじゃらかもくれん!』」



 あじゃらかもくれん!



 ギンエイさんが口にした不思議な言葉を、勇者たちが一斉に唱える。


 これは落語の「死神」に出てくる、死神を追い払うという魔法の言葉だ。でもこの言葉に意味はない。唱えただけで死神を追い払える都合のいい言葉なんか、本当は存在しない。



「『すちゃらかもくれん!』」



 すちゃらかもくれん!



 だけどこれだけの勇者が今この場所で唱えるならば、確かに死神を追い払う魔法の言葉となる。


 ギンエイさんが最後に師匠に渡したのは「アバターの名前を変えるアイテム」。この世界では、アバターの名前が変えられる。



「『おちゃらかもくれん!』」



 おちゃらかもくれん!



 ギンエイさんは言っていた。師匠は魔王の呪いによって名を奪われたのだと。


 ならば全ての呪いが解かれた時、現れるのは「ワアロウさん」ではなく……!



「『めるろんもくれん!』」



 めるろんもくれん!



 え、何? ええとめるろんもくれん……?



「……じゅげむじゅげむ」


「早くやれ」



 すぱーん。


 いつの間にかギンエイさんの後ろに立っていたカラムさんが、巨大なハリセンを振り下ろす。


 ギンエイさんはたまらず「アリガトウゴザイマスッ!」とか言いながら吹き飛んだ。お、おお、これ見たことある。ウタイさんがやってたやつだ。あれはお兄ちゃんの真似だったんだな。



「何をするんだ。今いいとこだったのに」


「やかましい。なんか調子いからもう少し続けようか、じゃあないんだ」


「貴様っ、心を読んだのか⁉ ますます化け物じみてきたな」


「お前に化け物呼ばわりされる筋合いは無い」



 二人の掛け合いに、勇者達は爆笑の渦に包まれる。私も笑う。泣きながら笑う。



「流石カラムパイセン。凄いわー、かなわんわー」


「うちに来て副団長変わって欲しいです」



 二人の白蛇姫さんがえらく感心する横で、ルリマキさんがうつぶせに倒れて無表情のままぴくぴくしていた。



「ルリマキさん、ルリマキさん、どうしたっすか、大丈夫っすか⁉」


「あー、多分今のコント見て感動してるだけだから心配しなくていいよ」



 ルリマキさんはギンエイさんのファンで、白蛇姫の第一回公演も見に行ったくらいらしい。しかしそれにしても凄い反応だ。



「それでは参りましょうか。せっかちな筋肉ダルマがうるさいですからな。ワタクシが『てけれっつのー』と申しましたら、皆様は『ぱあ』と唱えてくださいませ。それこそが死神退治の大魔法にてございます」



 ぱあ、ぱあ、ぱあ。こらこら、フライングは駄目ですよ。みんな、最後に何が起きるかわかったらしい。待ち遠しくて仕方がないんだろう。早くその人の名前を見たくて、仕方がないんだろう。



 呪いが解ける。呪いが解ける。二年間、師匠を縛った呪いが解ける。


 かつて悪魔を退治した、紫のローブを纏いし偉大なる魔法使い。


 百人の勇者が唱える大魔法によって、今その人が名前を取り戻す。




「では、参りますぞ。てけれっつのーーーー!」



 ぱあ!



 それは、大魔王によって奪われた、大事な私の居場所の名前。


 ずっとずっと会いたかった、私の大好きな人の名前。


 勇者によって取り戻されて、故に勇者が登場を待ちわびる、NPCの名は。



 ———<ナゴミヤ>



「師匠!」



 もう、もういいよね。その名前を目にした私は、たまらず師匠へと駆けよった。



「師匠、師匠、師匠、師匠~~」



 師匠は人間族なので身体が大きい。近くに行けばエルフ族の私は自然とそれを見上げる形になる。


「ただいま。コヒナさん」



 師匠だ、師匠だ。師匠がいる。


 ほんとは感情に任せて飛びつきたい。これが現実世界なら、そうしてしまっていたかもしれない。でも残念なことにアバターの身体ではそうはいかない。感情とコントローラー操作の間に、割り込む理性がもどかしい。



「師匠会いたかったです。寂しかったです。私、凄く、凄く寂しかったんですからね」


「そっか。ごめんよ」


「謝らないで下さいよ~」


「……そうだね。ごめんよ」



 新しい身体に慣れていない師匠は、困ったようにぎこちなく頭を掻いた。


 ああ、師匠だ。ほんとに師匠だ。間違いない。


 ぱんぱんぱん、とギンエイさんが大きな音を立てて手を叩いた。それを皮切りに、勇者たちの祝福が私達を包む。花火が、紙テープが、口笛が、よくわからない何かが、私たちの再会を祝って飛び交う。



 …………。



 これだけの拍手の中、物語のエンディングに、二人の距離が離れているのはあまりに不自然じゃないだろうか?


 師匠に飛びつくことはできないけれど、でもコヒナさんは凄く頑張った。凄くすごく頑張ったのだ。


 だからまあ、このくらいはいいよね?



「えーん、寂しかったよ、師匠~、師匠~」



 私は師匠のお腹に頭をくっつけて、泣き虫の私の代わりにずっと笑顔で頑張ってくれたコヒナさんを、思いっきり泣かせてあげたのでした。







 世界渡りの占い師のお話はこれでおしまいとなる。


 でもやっと出会えた師匠とコヒナさんの冒険は、勿論これからもまだ続くし、帰りの遅い師匠を待っている間には、コヒナさんは相変わらず占い屋さんを続けている。


 今までとは逆の意味で有名になってしまって、大きな町での営業は控えたり、時には名前も変えたりしているけれど。


 だからどこかの世界の小さなの町で、ひっそりと占い屋さんをしているおかしなアバターを見かけたら、もしかするとそれは私かもしれない。


 ———あとはまあ、一応ご報告しておくと。


 私と師匠はお付き合いというものをすることになった。勿論全部の世界で、である。物語には直接関係のないお話なので詳細については省かせていただく。こっぱずかしいし、師匠が照れてしまうからね。


 要は私もやっと、小さな魔法使いになれたということだ。


 ただ、そうは言ってもあの師匠とこの私である。この先も多くの困難が待ち受けているだろうことは想像に難くない。


 でももしかしたら、ショウスケさんとブンプクさんみたいに素敵な結婚式をあげたり、家族が増えて一緒にどこかの世界を旅したり、そんな未来だってあるのかもしれない。



 いずれにしてもそれはまだ未来のお話。


 タロットカードで占ってみても、もやっとしてしまうような、遠い未来のお話だ。




   「世界渡りの占い師はNPCなので世界を救わない」



         —THE WORLD—









*******


最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


「世界渡りの占い師はNPCなので世界を救わない」これにてTHE WORLDでございます。気に入って頂けましたら感想やご評価いただけるととても嬉しく思います。次回作や追加の物語のモチベーションに直結いたします。どうぞよろしくお願いいたします。


書ききれなかった物語などは新作を書き溜めながら掲載させて頂こうと思っております。


それでは、名残惜しいですがこれにて失礼いたします。


お話の続き、または別の物語でお会いできるのを楽しみにしております。


それまで、皆さまどうぞ、良い旅を。







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世界渡りの占い師は NPCなので世界を救わない 琴葉 刀火 @Kotonoha_Touka

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