エピローグ

偉大な魔法使い

 一年と半年が経ち、リヨン・ミュノーテは美しい街並みとはいえないものの街の半分が元通りとなっていた。かなりの民を失った。大指導主グランドデュークの失態は、おおやけになり、その地位は今や見る影もない。

 奇術魔術師コンジュラーは特例措置として裁判で裁かれたあと、死刑にはならず『煉獄ピュルガトワの掟』と呼ばれる火口深くに作られた牢獄へ幽閉されることとなった。


 新たな大指導主として就任したエイダは、一魔女として民を導いている。


 マルクは半年ほど前から再開した魔法学校にて、四年生へ無事に進学した。ゆくゆくは教鞭を振るうのが夢なのだと手紙に書いてあった。生意気にガールフレンドとの魔法写真ラ・マグラフィまで添えて。


 しばらくはエイダと共に街の再建を手伝っていたが、父と母、そして姉達と別れ西の鉱山街ミヌ・ラバンリュへ戻り、焼け果てた主の居なくなった屋敷を建て直した。

 村人たちは偉大な魔術師が大指導主となったことを凄く喜んでいたが、同時に寂しがってもいて。

 けれど、また少し背が伸び、美形に磨きをかけたウルルクが無事に帰還したと知るや否や、マダム達が男手を連れて屋敷に来てくれるものだから、あっという間に新築が完成した。


「ネリちゃん、また時計屋のおばあちゃんがぎっくり腰だって」

「また? まったく、働きすぎなのよ。じゃあこれ、腰痛に聞く魔法薬くすりね。配達お願い」

「わかった、行ってくるね。きっと喜ぶ」


 黄色の薔薇園を抜けると、豊かな鉱山街が一面に見渡せる。

 ネリとウルルクは、エイダの屋敷跡で小さな魔法薬店を営んでいた。最も、偉大な魔法使いになることを諦めたわけじゃない。月一で魔法学校へ行って、特別に四年生の授業に参加させてもらっている。

 時折、先生より自分の方が魔法が上手くて呆れちゃうけれど。

 復学できたのは、誰でもない。エイダのおかげ。

 あの人のようになりたい。そうネリは思い、薬学を学んでいたのだった。


 結局、マルバノは解体されたが、残党が各地に拠点を持っているという噂を耳にした。

 なにもしてこなければ、それでいい。

 無駄に争う必要はないのだ。


「ただいま」

「あら、おかえりなさい。はやかったわね」

「ネリとお昼食べたくてさ、走ってきたんだ」

「……また、幻狼オオカミの姿で?」


 あれからウルルクは、幻狼族マーナガルムの証である耳や尾を隠さなくなった。山下の街に限るが、その方が早いからと獣の形へ変化して出掛けることもしばしばあるようだ。マダム達は残念そうにしているが、子供には獣の方が人気らしい。


「今日は猪のローストにポワブラード――フルーツのピューレに黒胡椒を効かしたソースに、季節の野菜の盛合せにしたんだ」

「ジビエは好きよ」


 魔女の一張羅あかし、黒のワンピースに羽織ったカーディガンのポケットから杖を取り出す。


営業終了クローズ


 店の扉に掛かった札が、その言葉通りに翻った。

 身重な彼女を心配そうに支えながら、彼の魔法でテーブルに並べられていく。その間も料理の説明は欠かさない。ウルルクもだいぶ、魔法が使えるようになったものだ。


 庭園に運ばれた素晴らしい料理に舌鼓したつづみをうつ。食後にはうるわしい幻狼が淹れる好物のアールグレイをたしなみつつ、ネリは暖かな陽気の中でゆっくりと目を閉じた。





『完結』




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ネリ・フランダールと麗しの狼 朝霞みつばち @mochi1211

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