明け方に目が覚めた俺は工夫の鬼になる
黒羽カラス
第1話 見つけた赤いアイツ
突然、目が覚めた。仰向けの姿で薄暗い天井をぼんやりと眺める。悪夢にうなされていたような気がする。手で額や喉に触れると湿った感触が伝わってきた。
取り敢えず、枕元を探る。掴んだスマートフォンで時間を見ると午前五時十分だった。二度寝をすると危ない時間帯に入っていた。
「……どうするかな」
喉がヒリヒリする。昨晩の酒のせいかもしれない。酒量は多かったが
方針は決まった。布団から抜け出し、床に
俺はしょぼつく目でキッチンへと向かう。途中の冷蔵庫を素通りしてコンロの手前でしゃがんだ。作り付けの戸棚を開けると積み上げた鍋の横に貧相なビニール袋が収まっていた。
取り出して中を見ると空ではなかった。カップ麺の『赤いきつね』が縦向きの状態で入っていた。
ヤカンで湯を沸かす前に蓋を開けた。真っ先に大きな揚げが目に入る。スープと七味唐辛子がセットになった小袋を速やかに取り出す。
露になった具を見て動きを止める。今の腹具合だと量が少ないように感じられた。具の増量を図るのであれば乾燥ワカメは外せない。確か冷蔵庫の中には乾燥キクラゲもあったはず。冷蔵庫を当たってみると二つの現物を見つけた。
それとは別に扉の裏側にある生卵に目がいく。月見うどんには欠かせない食材ではあるが、カップ麺との相性が良いとは言えない。
以前に試したことがあった。生卵を入れた状態で沸騰した湯を注ぐと温度が下がり、どうしても麺に芯が残る。
「……そうか」
頭の中に妙案が閃いた。あとは実践あるのみ。
早々に戸棚から最適な大きさの鍋を選ぶ。浄水器の水を目加減で注ぎ、コンロで火に掛ける。真っ先に乾燥キクラゲを入れた。プリプリの状態に戻ったところで取り出す。プラスチックの俎板と菜切り包丁を使って細切りにした。
「肉も足すか」
冷凍庫を物色。牛肉の切り落としを見て肉うどんを想像した。口の中に湧く唾を呑み下し、鍋の中に塊で入れた。縺れ合った状態のまま菜箸で適当に裏返す。間もなく解けて赤い部分が薄茶色に変わる。取り出しの合図と思い、
続いて煮え立つ鍋の中に乾燥ワカメを投入。踊りながら広がる様子を見て小袋の顆粒のスープと備え付けのカマボコと卵を入れる。その合間に薬味として長ネギを千切りにした。
ようやく主役の麺を茹で始める。解れてくる直前で生卵を落とす。透き通った白身は程々に白くなり、麺は柔らかくふんわりと仕上がる。頃合いと考え、用意した丼鉢に鍋の中身をそっと移す。隅に位置した卵黄の横には牛肉を添えた。全体に渡って長ネギをパラパラと振り掛ける。
「これがないとな」
仕上げは赤いきつねの代名詞、揚げを中央に据えた。最後に小袋の七味唐辛子を入れれば完成である。
丼鉢を座卓に運んだ。胡坐の状態から思い直し、正座となった。
豪華な一品を目の前にして静かな感動を先に味わう。
「いただきます」
独身になって初めての言葉を口にした。箸で麺と牛肉を同時に挟んで口に運ぶ。音を立てて吸い込むと出汁の香りが鼻から抜ける。ほの甘い風味に包まれて口いっぱいに幸せが広がった。噛み締めると肉汁の旨味が加わり、思わず頬が緩む。
揚げには手を出さない。カップ麺と同様に汁の中に沈めて更に旨味を引き出す。箸は卵に向かい、僅かに表面を傷つける。とろりとした黄身が汁に流れる。麺と肉に素早く絡めて勢いよく啜った。
濃厚な黄身の味が加わることで新たな深みが楽しめる。配分よく食べ進めて待望の揚げに行き着く。
丼鉢を持ち上げて汁と共に揚げを口に入れる。怒涛の旨味が押し寄せて夢中になって掻っ込んだ。汁まで飲み干し、どんと座卓に置いた。上体が後ろに傾く。両手を支えにして余韻に浸り、熱い息を吐いた。
結果としてテレビの録画を観る間はなかった。手を掛けて作ったことで程なく出勤時間を迎えた。
その日は込み入った仕事が急に入り、退社は午後九時を回った。夕飯は外食で済ませて最寄りの駅で下車した。
とぼとぼと歩いていくと明るい光に包まれたコンビニが目に留まる。
俺はふらりと立ち寄った。飲み物のコーナーは無視してカップ麺が陳列されている棚に向かう。各社イチオシの商品がずらりと並ぶ。その中には赤いカップも混ざっていた。
「……同じだし」
手は上段のラーメンに伸びた。最終的に選んだ品は赤いきつねであった。蓋の表記によれば揚げが二枚入りとなっていた。同じ品を三つとそれに焼きそば、他には迷いながらも袋のラーメンを購入した。
膨らんだビニール袋を手に提げてコンビニを出た。ワンルームマンションに着く数分を利用して頭の中で考える。
揚げが二枚になったことで他の具との均衡が崩れる。食べ進める順番も変わるだろう。全体の増量と新たな食材を検討する必要が出てきた。
まずは天かすが第一候補として挙がる。食べる直前に入れてカリカリとした食感を楽しむことができる。お好み焼きの感覚で炒めたモヤシやキャベツを合わせてもいいかもしれない。
その日は残業で、それでいて心が浮き立つような楽しい帰り道となった。
明け方に目が覚めた俺は工夫の鬼になる 黒羽カラス @fullswing
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