断章 いつかの思い出

 エヒトがハーヴェイ大聖堂にやって来て、はや1年。近衛騎士となり王城に移り住んでしまったから、イシルと顔を合わせることも少なくなった。

 今日はその、貴重な休みの日。

「ただいま───うおっ!?」

「おかえりエヒトにーちゃーん!!」

「おかえりおかえりおかえりーーー!」

「お帰りなさいっ、エヒトくん!」

 孤児院の元気有り余るちびっこどもに飛び付かれ、早速すっころびそうになった。

「おいお前らいきなり飛びつくな危ないだろ!」

「「「だってーーーー、なかなか会えないんだもーーーん!」」」

「はあ・・・。」

 しばらくして、ようやく解放されたエヒトはよろよろと神殿奥へと進んでいく。

 親友たるイシルと、その想い人たるラインを探して、だ。

 忙しい中でもなかなかに濃い付き合いをしてきた2人の居場所はなんとなく分かる。

 故に、足取りに迷いはない。

 孤児院を通り過ぎた、さらに向こう。

 そこにひっそりとある小さな、庭。花咲き乱れるそこに、月の光が蟠っていた。

 澄んだ声が紡ぐ、柔らかなハミングが風に乗ってエヒトの耳まで届いた。

「お帰り、エヒト。」

 ふわ、と微笑む月の光の形をした少女。

 その側にいるはずの、金の髪をした少年はいない。

「ただいま、ライン。イシルは?」

「ついさっき、ちょっとした用事ついでにエヒトを迎えに表へ。すれ違っちゃったみたいね、その様子だと。」

「・・・大正解。」

 イシルを探しに行ったらまたすれ違いが発生、無限にそれが続きそうな気がするのでラインの側に座り込む。

 ラインは、エヒトの纏う騎士の制服を物珍しげに見ていた。

「入団試験に合格したから、マントを着れるようになったのね。お話の中の騎士様みたい。」

「ちょっと動きにくいけどな、これ。」

 びゅうと風が吹き込み、ラインの長い銀の髪を踊らせる。見れば髪に花弁が絡まっていて、月の女神ではなく春の女神のようにも見えた。

 よく手入れされた髪は指を軽く通すだけであっさり花弁を解放する。取り逃したものをつまみ上げると、笑顔とお礼を返してくれた。

 エヒトとラインは小さな小さな花園で特に話すわけでもなく、ただそこに座っていた。

 そうしている内に、足音が近付いてくる。

「ようイシル。遅かったな。」

「お帰り、エヒト。そんなこと言うなら渡さないぞ?」

 イシルの手には小さな袋があった。漂う香りからするに、クッキーだろうか。

「で、いるのか? いらないのか?」

「・・・いる。」

「ふふ、イシルも強くなったわねー。」

「そこ、うるさいぞ。」

 不意に、笑いが込み上げてくる。3人揃って、少しだけ笑った。

 イシルが持ってきたクッキーを分けて食べる。3人とも好きなものはほとんど同じだから俺たちはラインに譲ろうとして、ラインは俺たちに食べさせようとするから分配にはちょっと、いやかなり頭を使ったのだが。

「それにしても、何でこの場所なんだ? いや別に嫌ってわけじゃないんだが・・・。」

「ああ、それはおれも気になってた。ラインがここがいいっていうからおれはそうエヒトに伝えたんだけど。」

 ラインの、遥か遠い海原を連想させる瞳を2人で見つめる。ラインはすっと後ろに手をやり、素早く慎重に何かを俺たちの頭に載せた。

 青い草の香りと、微かに香る甘い匂い。

 花冠が、俺とイシルの頭に載せられていた。

「・・・ライン?」「・・・これは?」

「イシルに私の焼いたクッキーを取りに行ってもらってる間に作ったの。2人の成人のお祝いがしたくて。」

「だからあんなに分かりにくい場所に置いてあったのか・・・。」

「孤児院のおちびちゃんたちに食べられないように、っていうのもあったのだけど、一番の目的はそれね。」

「・・・成人のお祝いって・・・もう俺たちが成人して結構経つぞ?」

「だって私満月のお祈りがあったからエヒトのお祝いには行けなかったし、エヒトすぐお城に行っちゃって帰って来ないんだもの・・・。」

「イシルのときはいただろ?」

「私たちだけでお祝いしたかったの!」

 月の神の神官は満月の日、月が出ている間ずっと祈りを捧げることになっている。丁度エヒトの成人のお祝いの日が満月だったがためにラインは立ち会えなかった、というわけである。休暇を取って会おうにも新米騎士であるエヒトはそれも取りづらく、今日ようやく帰ってこれたのだ。

「だから、私からのお祝い。」

 ラインが物入れから取り出した2つの小袋。その中から1つずつ銀に輝くものを出してイシルとエヒトの首にそれぞれ掛けてくれた。

 見れば、真ん中に小さな石の光る花の形をしたネックレスだ。

 石も小さいし、そう高いものではないだろうけどまだ子供のラインには十分高い買い物のはず。

 イシルのネックレスに嵌まった石は翠。エヒトのネックレスに嵌まった石は黒。もしかして、と顔を見合わせた。

「2人とも。手を出して?」

 全く同じタイミングで素早く手を出した俺たちに笑いを噛み殺しながら、ラインはさっきのと同じ小袋を俺たちの手に1つ、載せた。

「私が成人したら、2人からちょうだい。」

 お揃いなのよと語るラインはいつもの美しさとは違って可愛らしくて。

 2人で顔を赤くして、2人で同時に頷く。

 俺たちの意図せず揃った動きを見てまたラインは笑った。

 

 それから1年後。

 ラインの成人に合わせて休みを取り、朝早くに帰ってきたエヒトはイシルとあの小さな花園にいた。

 イシルがこの1年で覚えたのだと言う花冠の作り方を教わりながら、2人で協力して咲き乱れる花々を使い不器用に編んでいく。ラインの好きな青と白のネモフィラ。可愛らしいコスモス。色鮮やかなタンポポ。星形のハナニラ。オキザリスは葉っぱと共に。ゼラニウムやペチュニアも差し込んで、やっと出来上がったそれはラインのくれたものより下手くそだったけれど。

「ライン、15歳の誕生日おめでとう。」

「成人へようこそ。」

 エヒトが花冠を。

 イシルが青い石が光るネックレスを。

 それぞれ贈ったときのその、ラインの笑顔。

 2人はそれを一生忘れないと誓って、ずっとこんな風に笑いあっていたいと願った。

 一度は喪われたかに思えたその誓いと願いはまた、帰ってくる。

 いつかの思い出なぞる、花冠と共に。

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世界の狭間の暗闇より 夢現 @shokyo-shoujo

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