第6話

 語りを終えた女は袖の袂の部分から袋を一つ取り出した。


 袋のなかには、あの男が飲んだものと同じ、翡翠色の液体が入った試験管を取り出した。


 女はそれをじっと見つめた後、こちらを向いて


「この国は何なのかと聞かれましたが、この国はこういう国なのですよ」


そう答えた。表情は見えずとも、布の裏側でどんな顔をしているか想像できた。


 狂っている。美しさを至上のものとするだけならば分からなくもない。しかし、この国は醜いものを否定する。否定しその存在を無いものとする。挙句の果てに、遺体すらも醜いとして残させない。


 美しいものに執着した国は、今では腐りきってぐずぐずの泥へと沈んでしまった。


「この国は狂っている」


 そう呟いた言葉は雪に埋もれて消えていく。


「ええ、この国は狂っています。ですが狂った国に生まれた者にとっては、それが正常なんですよ。しかも、美しくなればなるほど、自分の醜い部分が浮き彫りになるのですから、今度はそれをどうにかしようとする。どんなに狂っていようとも、美への執着を断ち切るなんてもう出来ないのですよ」


 女は手に薬を握ったまま、それを見つめている。


「お前もそれを飲むのか。外見の美なんか美しさの一要素でしかないだろう。そんなものに執着して命を捨てるなんて馬鹿げている」


「私も馬鹿げていると思います。ですが、この国ではそれが当然のことなのです。どこにいても醜さは悪だと訴えてくる。ただ少し太っているだけ、少し毛深いだけ。たったそれだけのことがこの国では悪なのですよ。そんな国で生きるくらいなら、最期くらい美しい花になるほうが幾分ましというものですよ」


 きっと女の決意は変わらない。名も知らない旅人に付き合ってくれた女の優しさは、美しさに殺されるのだ。


「お前は何の花になるのだろうな」


 少しの間だが共に過ごした人の最期を見送る。それは傍から見たら美しい光景に見えるのだろうか。


「私には分かりませんが、蓮の花ではないことは確かでしょうね」


 そう言って女は翡翠色の薬を口へと運ぶ。


 雪に一つ、着物姿の女が遺体として横たわる。女の顔には植物の根が脈打ち、もうその顔を見ることは出来なくなっていた。

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四季の国 茶ノ丸 @maru_sano

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