最終話 二十六年間

 扉越しに微かに聞こえていた音楽がはっきりと耳に届く。

 彼と二人で選んだ祝福の音楽だ。さらに歓声と光、沢山の拍手、道の先に立つ彼の姿を確認してから私と父は数歩進んで一礼する。

 そして私は父の腕を離れ、左を向いた。


「美空」


 入り口の脇に立っている、濃紺のロングドレスを纏った母が私の名前を呼ぶ。どんなに綺麗に着飾ってもやっぱりお母さんだ、と私は思わず笑ってしまった。

 私は母の前に立ち、膝を曲げて頭を差し出す。母は私の頭の後ろに手を回して薄いベールをゆっくりと下ろした。

 母の手によって、私の最後の身支度が整う。

「綺麗ね」

 震えた声に顔を上げると、ベール越しの母は薄く微笑みながら静かに涙を流していた。

 その表情を見て、思い出す。

 やっぱりあの時見てたのはバラエティじゃなかったんだね。


「お母さん」


 私はあえて軽い口調で言う。

 この二十六年間、いつも私たちは適当なことばかり言い合って笑い合っていた。重くなりそうな話だって、冗談交じりに軽やかに。

 それなら今日だっていつも通りにしたいんだ。 

 軽い気持ちで笑いながら。

 私とお母さんの最高の毎日を、今日もやろう。



「――私、幸せになってくるね」



 母の下ろしたベールが揺れる。

 私は父の腕を取って、光に溢れた道を歩き出す。

 後ろの方から「いってらっしゃい」と小さく声が聞こえた。



(了)

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軽やかに愛せば 池田春哉 @ikedaharukana

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