第8話 二十六年目

「あんまり緊張しなくて大丈夫だよ。お父さん」

「全くしとらん」

「手めちゃめちゃ震えてるよ?」


 父は自分の震える手を他人事のように見つめて「震えとらん」と堂々と嘘をついた。私は少し笑う。

 空は快晴。幾度となく訪れたチャペルだが、今日は一段と白く光って見える。

 そしてそれ以上の純白の輝きを私は纏っていた。

「どう? お父さん。ドレス綺麗でしょ。この日のためにすっごくダイエットしたの」

「ああ、正直あまり見られんが」

「泣きそう?」

「泣いとらん」

 父はいつも通りの無表情で言った。ちょっとは涙ぐんでくれてもいいんだけどな。

「私が結婚しちゃって寂しくない?」

「よくわからんな。寂しいような嬉しいような」

「そんなもんなんだね」

「あいつは違うかもしれんが」

 あいつ、とは扉の向こうにいる母のことだろう。父は表情を変えないまま、その向こう側を見つめるように扉を見た。

「あいつは昔から美空のことばかり考えてたからなあ」

「私の未来が見えるって言ってたけど」

「そりゃあんだけ毎日考えてりゃ未来くらい見えるだろ」

 横目でちらりと父の様子を窺うと、父の横顔はほんの少しだけ笑っていた。


「お母さんは美空のことが本当に大好きなんだ」


 扉の向こうで曲が変わる。

 私は「そっか」と呟いて、父の腕をぐいと引き寄せた。

「あれえ、お父さんは?」

「お父さんもだ」

「あはは知ってる」

「よくわかるな」

「何年二人の娘やってきたと思ってんのよ」

 私は空を見上げた。雲一つない一面の青空は全力で「今日は最高の一日だぞ」と言ってくれているようだ。

 緊張はもうない。

「開きます」

 父と私が頷くと、二人のドアマンは大きな扉を静かに開いた。

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