第7話 二十四年目

「お母さん、あのね」

「知ってるよ。わたしの花柄ワンピース貸してほしいんでしょ。別にいいけど洗って返してよね」

「全然ちがう」

「じゃあ結婚するって話?」


 スーパーで買った食材を冷蔵庫へしまいながら母は「わたしの娘貸してほしいんでしょ。別にいいけど幸せにして返してよね」とでも続きそうなほど軽い口調でそんなことを言うから、私は咄嗟に反応できなかった。

 どう打ち明けたらいいかと緊張していたのに、少し拍子抜けだ。

「……よくわかったね」

「すぐわかったよ」

「ワンピースと間違えたくせに」

「細かいこと気にしないの。相手は宏輝くん?」

 私はひとつ頷く。

 宏輝とは付き合って三年になり、話し合いの末に決めた。彼は親以外に自分が自分でいられる唯一の相手だ。

「彼となら大丈夫だと思う」

 私がそう言うと、キムチを冷蔵庫にしまい終えた母はこちらを向いた。

 彼女の瞳が真っ直ぐに私を捉える。

「それは美空が決めたのね?」

 今までにないくらい真剣な眼差しで母は訊いた。

 目を逸らさずに、私は頷く。

「うん。私が決めた」

「そう」

 母はそれだけ言った。

 そして、先程置いたはずの買い物バッグをもう一度持ち上げる。

「そうなったら今夜の献立は変更よ。盛大に祝わなきゃ」

「……ありがとう、お母さん」

「お礼よりお父さんを説得する言葉考えときなさいな」

 まああの人が止めるなんてことはしないだろうけど、と母は微笑んだ。

 私は本当に恵まれている。二十四年目にしてようやく気付いた。

 この家に生まれて良かったと、私は心から思う。

「そうだね。がんばる」

「うん。ところでやっぱりお祝いと言えばステーキかしら。十ポンドくらいの」

「ポンド計算してる日本人はじめて見た。てか十ポンドってどれくらいよ」

「四・五㎏」

「鈍器じゃん」

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