第6話 二十二年目

「お母さん泣いてるの?」

「え?」

「あれ、なんで笑ってんの」


 家に帰ると母が涙を流していた。しかし振り返った母の口角は薄く上がっていて、私には意味がわからない。

「え、笑いすぎて泣いてたの?」

「あーそうよ。テレビが面白くて」

 テレビ画面を見ると、母が昔から見ていたバラエティ番組がやっていた。しかし母がこの番組を見て笑っているのを見たことがないけど、まさかこの瞬間に一世一代の面白シーンが放送されたのだろうか。

「それより美空、今日は帰ってこないんじゃなかったの。宏輝ひろきくん家に泊まるって」

「あ、そうなんだけどね。ちょっと明日の仕事で使う資料忘れちゃって」

 母の言う通り、今日は彼氏の家に泊まる予定だ。明日はそのまま彼の家から直接会社に向かうため、忘れ物を取りに帰ってきたところだった。

「どうせ洗面台の上にでも置いたんでしょ」

「わ、正解。なんでわかったの」

「娘の未来くらい見えるわよ」

 母はクッキーを一口齧る。そんなこと、クッキーよりも大事なことじゃないとでも言うように。

「ほんとに見えてるんじゃないかって思う時あるよね」

「ほんとに見えてるんだって」

「なんで見えてるの」

「あんたのこといっぱい考えてたら見えるようになったの」

 返答の速さに若干のうさん臭さを感じる。しかもそんな乙女チックな答えでさ。

 そんな風に私が思ったのも見透かされたのか「適当なこと言ってない? って思ったでしょ」と母は言った。

「え、もしかしてそれも未来視?」

「いやこれはただの推測」

「正答率良すぎでしょ」

「何年あんたの母親やってきたと思ってんのよ」

 そう言って母はもう一口クッキーを齧った。

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