英雄的行動
森上サナオ
英雄的行動
『少尉。君が気に病む必要はない。君は命令に忠実に従ったに過ぎない』
上官はそう言って俺の肩を叩いた。
『あの作戦は「存在しなかった」。テロリストが持ち込んだのは生物兵器ではなく、テルミット焼夷弾だった。奴らはあの遊園地を襲撃し、無関係な民間人を巻きこみ自爆した』
だから俺の罪は存在しない。
あわや西海岸の三分の一が汚染され、百年にわたって帰還困難区域となっていた生物兵器テロを、「百五十名の民間人を巻きこんだ自爆テロ」に押さえ込んだのだ。
極秘作戦ゆえに、表彰はされなかった。代わりに昇進し、作戦を後押しした上院議員からは食事に招かれた。
「君の英雄的行動が、結果多くの命を守ったのだ。誇りに思いたまえ」
西海岸指折りの不動産企業のトップは破顔して俺の手を握りしめた。
上院議員その人の名前を冠したホテルのVIPルームで、酒に酔った議員はあの遊園地について語った。
あの遊園地は、議員の企業がもつ物件の一つだった。三十年前は多くの人々が訪れていたが、ここ数年経営は悪化し、そろそろ潮時だったことも知らされた。
俺は、遊園地のことを思い返した。
赤、青、黄色の縞模様で彩られた回転木馬。木馬のくせになぜかトラがいるのが昔から不思議だった。
観覧車の真っ赤なゴンドラ。てっぺんに昇ると、西海岸を一望できた。夕方になると、太平洋へ陽が沈むのを見ようと行列ができた。
空中ブランコは、正直苦手だった。親父は大好きだったが、鎖が切れて放り投げられ柵に串刺しにされるシーンを映画で見てから、絶対に嫌だと泣いて乗車を拒否した。
やたらと塩辛いポップコーンが、風船をくれた汗くさい着ぐるみのマスコットが、ド派手な色彩のアトラクションが、瞼の裏に焼き付いている。
理解して欲しかった。俺があの遊園地に愛おしい記憶を持っていたことを。あの尊い記憶に耳を傾けてくれる存在が欲しかった。
極秘作戦ゆえに口外できず、関係者はごく一握り。空軍の一パイロットに過ぎない俺が、「関係者」と接触できる機会など、今後一度たりとも訪れまい。
だから、これが最後のチャンスだった。けれど、なにも口にできなかった。
「テロリスト共々更地にできて幸いだった」酩酊し上機嫌で唾を飛ばす議員に、俺は心が萎えてしまっていた。
この男に語っても無駄だ、という気持ちが、それでもいいからぶちまけてしまえ、という気持ちを押しのけてしまうのが、酷く虚しくて、心が脱力した。
遊園地から三百キロ離れたベガスの砂漠で、空調の効いたコンテナの操縦席で、俺が焼夷弾投下の引き金を引いた。
遠隔操縦故に、反動も、着弾の轟音も、閃光も、なにも感じられなかった。
爆撃の直前、偵察用カメラの最大望遠で見た、ドジャースのキャップを被った十歳くらいの少年を、彼を抱きしめる父親の姿を思い出す。
二十年前の同じ季節、俺もあの少年と同じ帽子を被って遊園地を駆け回っていた。
陸軍レンジャーの中尉だった親父は、その三ヶ月後アフガンで死んだ。
友軍の誤爆が原因だった。
英雄的行動 森上サナオ @morikamisanao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます