赤緑、別ち難きを分け合いて
藤咲 沙久
赤いきつねと緑のたぬき
「僕はね
「──それが年越し蕎麦を食いたいと駄々こねた上に、そっちから聞いてきた俺のリクエストをガン無視した言い訳か?」
毎年恒例の歌合戦番組も終わりが近い。そんな年末の夜更けにコンビニへ走った風見が買ってきたのは、あの馴染み深い赤色と緑色のパッケージだった。
重ねて言うが、風見の目的は年越し蕎麦だ。三森の分も調達してくるよ、メーカーや種類に指定はある? 緑のたぬきか、いいねぇ僕もそれにしよう。つい十五分前にそう発言しておきながら、目の前に出されたのは蕎麦と、うどん。そして俺はすっかり蕎麦の口になっている。
当たり前だ、食べるつもりになって待っていたのだから。しかも俺の分までとは優しいなとまで考えていたくらいだ。いや事実二人分購入してきたのだから、そこはありがたいと思っているが。
「僕だって最初はたぬきを二つ買おうとしたさ。でもほら、棚からきつねがさみしそーうに僕を見るんだよ……」
「意味がわからん。端的に聞くぞ、俺はたぬきを食っていいんだよな?」
「え? 僕もたぬき食べたい、だって年越し蕎麦だよ」
「お、ま、え、な、あ」
「怒るなよ。僕はね、彼女との年越しデートが叶わなかった三森を……もとい、大晦日まで帰省もせずバイト三昧だった君を労いたくておうどんを選んだのさ」
胃に優しいよ? とメガネの奥で目を和らげる風見。年末年始が出勤シフトで埋まってるのはお互い様だが、うっかり絆されそうになってしまう。
「さ、
「ちっ。気付いたか。でもそんなことを知ってるなんて、一度は誘ったんだろう?」
「言い掛かりは湯気でくもったレンズを拭いてからにしてもらおうか」
テレビに目をやると、合戦は残り大取りのみというところまで来ていた。放送終了後に即新年というわけではないが、このままグダグダとしたまま迎えるのは御免だ。
俺だってリクエストさえ聞かれなければ異議など唱えなかっただろう。うどんはおいしい。特に赤いきつねの油揚げは好みの厚さだ。それでも、それでも今はたぬきのサクジュワ天ぷらと蕎麦を求めている。……大人げないのも、わかっている。
時計とカップ麺を見比べ、仕方がないとため息をついた。
「ったく……今回だけだぞ」
「僕にたぬきを譲るのが?」
「違う。風見、味噌汁のお椀二人分と適当な箸一膳持ってこい」
「えええ、ちょうど三分経ったのに!」
「うどんの五分に合わせろ、それくらい誤差だ」
すぐ後ろにある台所へ風見を追いやれば、背中からワッと歓声が聞こえた。勝敗が決まったんだろうか。どちらが勝ってもいい、今大事なのは赤・白よりも赤・緑。なんなら腹が減ってきた。
「あ、ほら。もう気の早い人がフライング除夜の鐘を鳴らしたよ。ところでフライング除夜の鐘って言うと鐘が飛んでるみたいに聞こえるね」
バカなことを言いながら風見がすぐに戻ってきた。そもそも、そう広い部屋でもないので時間がかかるわけもない。大人しく残りを待つ間に互いの腹がきゅうと鳴った。
そしてまもなく、うどんの完成時刻だ。
「それで、どうするんだい三森」
「文句がないように間をとるんだよ」
両方のフタをめくると、俺は箸とお椀を手に取った。蕎麦を半分、もう一個にはうどんを半分、盛り付けていく。片方には油揚げも乗せ、それぞれに出汁も分け入れて並べてやった。半たぬきと半きつねが二人前。カップに残った方が俺で、お椀の方が風見だ。
覗き込んだ風見のメガネが、再び白く染まった。
「三森」
「なんだよ」
「君ってば、普段は頭の固い面倒な男だが、時々柔軟な発想が出来る良い奴だ。僕がルームメイトに選んだだけある」
子供みたいに顔いっぱいで笑ってから、風見は「いただきます!」と勢いよく手を合わせた。サービスで付けてもらっていた割り箸を下手くそに割る様まで嬉しそうだ。
「……褒めてんだか、
両方であった気もするが、自分も癪なほど似たようなことを考えていた自覚がある。甘んじて評価を受け入れることにした。お互い様ってやつだ。
ただし、坂本さんの話題を
──三森先輩、ごめんなさい。夜遅くは出歩けないし、年末年始はいつも家族と過ごすから友達と会うなんて言えなくて。あっ! 先輩なのに友達だなんて失礼しましたっ!
(友達、かぁ……いや友達でもない?)
つい先日、坂本さんに言われた言葉をこっそり思い返す。
一年後輩の彼女と卒業した今も繋がりを持てているのは、奇跡に近いだろう。要するにその程度の細い糸なのだ。さすがに二人きりでなく数人集める前提で声を掛けたが、やはり無謀であった。さらに年始も加えられたため初詣にも誘えなかった。現実は厳しい。
いつか、遠い未来には。こんな風にあの子と年越し蕎麦を食べたりできたらいいのにと思う。なんなら、今日みたいにきつねとたぬきを二人で分け合ったっていいな。
「……風見。言い忘れてたけど」
「なんだい?」
俺も倣って割り箸を割る。綺麗な二分割とはいかなかった。
「買ってきてくれてありがとな」
「構わないさ。しかし両方食べると贅沢に感じるねぇ。これも、きつねさんが棚から呼んでくれたお陰。ところで三森、僕も天ぷら食べたいな。ほら半分噛ったお揚げをあげるから」
迷惑な申し出を回避すべく、俺はたぬきのカップを抱え込む。まあ、しばらくはこの
除夜の鐘が遠くで聞こえる。顔を上げれば、十二時まであと十秒だった。蕎麦を飲み込んで、五、四、三、二、一。
「明けましておめでとう」
「今年もよろしく」
よく知る味を半々にした年越し蕎麦うどん。風見がニコイチと言うだけあるということなのか、これはこれで、なかなか悪くなかった。
赤緑、別ち難きを分け合いて 藤咲 沙久 @saku_fujisaki
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