エピローグ 娘
娘のリーゼロッテは、三歳になる。
朝日を反射した清流を思わせる長い髪と、全く濁りの無い瞳と、綺麗な曲線の輪郭と、ふっくらとした薄桜色の口唇と。母親をそのままミニチュアサイズにした容姿だ。
ただ、目元は俺に似てて、睫毛も長い。
将来は母親よりも美人な目付きになるのは間違いないが、その睫毛、結構忘れた頃に眼球に刺さるんだよな。
地味な呪いだが、遺伝だ。諦めて折り合え。
俺が仕事から帰ると、いつも通りの戦場が展開されていた。
まず、娘が何の躊躇いも無く、床にお茶をぶちまけていた。
広がった水溜まりを見て、
「あーあ」(´・∀・`)
その光景に文字通り頭を抱えたハイデマリーが、
「“あーあ”って、自分でやっておいて、何言ってるの!? もう! そういうとこ、誰に似たの!」
( ・3・)~♪
どちらかと言えば母親かな? もしくは祖父母の隔世遺伝か?
「あっ! そんなことより、パパかえってきた!」
取り敢えず、ただいまの挨拶をしとくが、状況はシームレスだ。
俺も、着替える暇すら与えられず、家事に参加せねばならない。
と、その前に、妻に言う事が。
「例の魔法不能症セミナー、日程決まったよ」「ちがうよ! リーゼがこのまえよんだ、オバケのえほんだよ」(・A・)
「あっ! そうなんだ? いつ?」「オバケはやまにすんでるんだよ!」
「来月の頭。結局、場所は大聖堂になって、終わり次第帰れるから、意外と早く」「オバケがじゅもんをとなえるとね、ばーっておおきくなって」
「ああっ、リーゼ、少し静かにしてくれ!」
俺が言うと、
(;へ; )
途端に黙り込んで、口をへの字にする。
不味い、声が少し大きかったか?
「……今、どうしてもお話したいのか?」
「うん……」(;へ; )
「大切なお話なのか?」
「うん……!」(;へ; )
「だが、お話は順番を守らなくちゃ」
「ジュンバンジャナイ!」( ` A ´ )
そして、あーん! と泣き出す。赤ん坊か。
見かねたハイデマリーが、娘に目線を合わせて、
「パパとママは、いま、お話したいの。リーゼだって、遊んでるおもちゃ横取りされたら、イヤでしょ?」
「イヤー!」
「じゃあ、パパが話し終わるまで、待ってくれる?」
娘は少し、考える素振りを見せて。
何故か、俺の方に駆け寄ってきて、
「うんしょ、うんしょ……」
一生懸命に俺を押そうとする。何? 何だよ?
「あっちいけ」(・▽・)
と、汚れの無い笑みで宣告してきた。
なるほど、問題が発生した場合、その根本を取り除けば良い。早くもその論理的思考が身に付いているようだ。頼もしい。
一方のハイデマリーは、そんなやり取りにツボったらしく、腹を抱えて笑っていた。
過呼吸を起こしかけているが、大丈夫だろうか。
リーゼロッテは、紛れもなく俺とハイデマリーの実子だ。
あの日、生まれて来れなかった俺達の娘。
その遺体を元に、
俺達が召喚した。
今の所、普通に生まれてきた子供と、何一つ違いは無い。
死者蘇生の魔法。
当然、そんな都合の良いものは原則存在しない。
ただ。
この子が妻の腹に居た期間、その存在には“名前”が無かった。
まだ存在が未確定に近かった分、何者かに定義する事が比較的容易かった。
なおかつ、俺達にとっては、確かにそこに居た存在。充分な、思考強さを伴って。
だからこの魔法は“死んだ胎児”と言う、限定的な対象にしか効き目が無いし、そもそも俺達は、この魔法を二人で墓場まで持っていくつもりだ。
詳しくは語らないが、俺とハイデマリーの組み合わせだったから、辛うじて実現した方法だった。
理論の大半は、ハイデマリーが考えた。
あの後、俺がメルクリウスらを始末しに行っていた間、必死で。
最後まで諦めない、とは良く言うが、最後を通り越して終わってた状態からの逆転を掴み取った彼女に圧倒された。
だが、もう二度と同じ事例は起きないだろう。
極めて身勝手だと、自覚はある。
世の中、そうしたくて、したくて、渇望した親が何人居るだろうか。
けれど、それでも。
俺は男だから分からないが、ハイデマリーにとっては文字通り一心同体でもあった。
その具現と、あの日に死んだ子は同一存在なのか? 意識の連続性はあるのか?
考えると気が狂いそうではあるけれど。
それでも。
俺達は、どうしても、“この子”に、生まれてきて欲しかった。
例え、どんな条理をねじ曲げようとも。
普通に次の子を作る、なんて割り切り方が出来なかった。
そしてこんな、あらゆる意味で有り得ない手段を取った。
“この子”が生まれてきてくれて、本当に良かった。
それだけだった。
そして三歳まで育てた今、その思いはなおのこと強い。
この喜怒哀楽くるくる変わる表情を眺めていたら、これよりも大事なものは無いと痛感する。
このまま、何事も無く育ってくれ。
その為なら、他に何も要らない。何ならハイデマリーの命すらも。それは、妻にとっても同じだと信じている。
俺達の命と言う“ストック”は、一つしかない。
それは、娘の為にのみ使うべきだ。
俺達夫婦は、お互いの価値を“自分と等価”程度に落としたけれど、自分より大事だとか言ってた時より、繋がりは強固だ。
人の関係性とは、こうして常に変化して行く。
そして、上辺の大事さ、優先順位がその強さに比例するとは限らない。
正直、俺とハイデマリーが今すぐ死ねば……この子のルーツは闇に葬られる。
この子が「召喚された存在」だと言う事は。
二人で死ぬ。当初、ナーバスだった時期にその結末を考えた事が無いと言えば嘘になる。
何故なら。
俺なら、リーゼの安全を少しでも脅かしかねない存在であれば、他の三歳児を殺す事だってあり得る。
召喚魔法は、魔物を呼ぶ為の邪法だから。
多分、それは人の親なら皆そうなのだろう。
召喚されたとか、されてないとか、そんなの関係なく。
皆、怯えていると思う。
召喚の産物として叩き殺されなくても、魔物から逃げ遅れたり、酔っ払いの車に轢かれたり、通り魔に刺されたり、川で溺れたり、家で転んだり、何なら成人後に親と殺し合ったり……そんなニュースも世の中絶えない。
まあ。
色々と深刻な事は言ったが、あくまでも万一の話だ。
大体、リーゼの成長具合を見れば、俺達が生まれたと主張している日と帳尻が合っていない事には、何人か気付いているだろう。
フライ准将は、いよいよ召喚軍の計画を本格的に走らせようとしている。
計画の為に、エリシャにもちょっとお願いして“預言者”と言う広告塔になってもらったり、なんだりしてるらしい。顔出しは拒否されたらしいが。
まあ、それが良い。有名人になってもろくな事は無いだろう。
俺も俺で、召喚軍の事で当てにされて、参謀役と言う仰々しい名の雑用に任命されている。
俺は准将の方針を、今や全面的に支持している。
何故なら、召喚魔法の正当化は、俺達のリーゼの万一を少しでも摘んでくれるから。
利害の一致。ただ、それだけ。
その為に世界が拗れようと、構わない。
「マッ……パパーっ!」
ハイデマリーの方に行くようなフェイントを掛けてから、リーゼは俺の脚にタックル、しがみついてきた。
近頃、こんな事ばかりするよな。
「パパ、リーゼがね、パパのめだまつっついても、パパおこらないよね?」(・-・)?
「いや、それは流石に怒るよ」
言葉も急激に成長してきた。何処から仕入れてくるんだろう、こんな言い回し。
「きょう、カレーつくるの?」
「残念。シチューだよ」
「ちがうよ。これはカレーだよ」(・A・)
自分が白と言えば黒でも白になる、って所か。
「パーパ」
「今度は何だ?」
娘は、それ以上答えず、ニコニコ笑っただけだった。
呼んでみたかっただけ、か。
マジクック。~マジックアイテムを料理するスキルがパーティでは要らない子だったので隣国に移住したらお偉いさんの目に留まって軍の食堂で働き世界を獲る事に~ 聖竜の介 @7ryu7
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