第37話 速やかな異物除去
山中の廃工場。
かつて、工場内へ資材を搬入していた場所で、俺達は待った。
俺は、昔買った自衛用のメイスを持ってきている。
本番に詠唱の隙を見せたくないので、テオは既に
あちこち飛び回ろうと暴れる生剣を、必死に押さえつけている。いつ、俺や持ち主であるテオを襲うか分かったものではない。
しかし。
「心を、自然と、調和し、剣と、語り合う、のが、神蔵、の真髄……どうどうどう……少しずつ、分かってきたぞ!」
なるほど、暴れ馬を説得しているようにも見える。
そんな事をしていたら、車の音が聴こえて、こちらに近付いてきた。
ぞろぞろと、五人の男女が車から降りて俺達と相対する。
“Don't mind”の、成れの果てが。
「お前……お前があいつを!」「静雷」
何かを言い募ろうとしたメルクリウスを、俺は青い雷光で撃った。奴は全身を弛緩させてダウン。
馬鹿か? その無駄口で、何回の中級魔法が詠唱出来ると思っているんだ。実戦を舐めるな。
事実上だが、残り4。
「サイレント・グーー」「行くぞ、アイリーン!」
エドワールが杖を振りかざしたのと、テオが奴の目前に瞬間移動したのは同瞬。
容赦の無い唐竹割りがエドワールを抵抗無く両断し、直後、アイリーンの切っ先が大きな口のように開いて……エドワールの残骸を丸のみにした。
残り3。
エドワールは何処に行ったんだろうな? 多分、召喚魔物の故郷である思考世界だと思うが。
光学魔術師の恐ろしさは、エドワールと同系統の弟とも語り合った事があるから、よく理解しているつもりだ。光は最速で、不可視のものも多い。
だが、エドワールはその光を発するのに、杖を振るわねばならない。悠長に。
生剣アイリーンに引っ張られる力に乗ったテオドールの速さは、超音速……下手をすれば亜光速だったのかも知れない。
とにかく、これで勝ちは確定した。
この“作業”最大の課題は、エドワールをいかに迅速に処理するか、だった。
真っ先に消さなければならなかったが、テオが居らず俺が一人だった場合は、エドワールを消した直後にメルクリウスから一発くらいは貰っていたかも知れない。
どうにもならなければ“御使い”を喚ぶ事も考えたが、俺にはこの作業を制圧した後、もう一仕事あって、御使いが勝手な事をした場合、俺の段取りが狂う。
とにかく、次は。
「メルは、私の光になってくれた! 絶対に死なせない!」
確か“呪術使い”のエレノアって女か。
今更増えんなよ。邪魔くさい。
これも、テオと言うか、生剣アイリーンが頭上から襲い掛かって喰ってしまった。結局、“呪術”ってどんなのだったんだろうな。興味無いけど。
残り2。
「何だかんだ、放っておけないんだ!」
今度は、確かライラとか言う女が、鞭状の蛇腹剣を振り回して襲ってきた。
さっきまで直剣じみた刀身だったアイリーンが、これに対抗するかのごとく軟体になり、ライラの蛇腹剣に巻き付いて、力任せに絡め取った。
得物を失ったライラは即時に跳び退いて、メアリーとかってヒーラーと並ぶように立った。
副武装のナイフを新たに抜き放ち、こちらの様子をうかがっている。
この状況でナイフファイトとか、自害と大差ない蛮行でしかない。それを俺達に向けるくらいなら、自分を刺した方が早く、楽に済むだろうに。
まあ、後学の為に訊いとくか。
「何をそこまで頑張る。そんな全方位的クズの半端者の為に」
メアリーが、それでも負けまいと言う姿勢で鈴を構える。
「それが分からないなら、貴方は本当に人が好きになったこと無いんでしょう」
ああ、わからないね。
猿の交尾……と一緒は、猿に失礼だな。
病原菌の繁殖にどんなドラマがあるかなんて、俺には知りようが無い。そんな事を全部気にしていたら、鬱になる。
じゃあ、作業再開。
「
その叫喚を以て我等を理想郷へと導きたまえ」
「諦めないッ! ライラ、生きて彼を護ろう」
おい、お前ら二人、メルクリウスを取り合う競合相手じゃないのか。何でそんな、微塵のわだかりもなく馴れ合えるんだ?
メアリーが、決意に満ち満ちた所作で、鈴を鳴らす。
「マジック・シェル!」
「……セレスティアル・オーシャン」
俺の眼前が、
メアリーが健気にも張った対魔法シールドは、光熱の暴力にあっさり呑み込まれた。
生じた余熱で、俺の全身すら軽い火傷に苛まれる。
しばらく目が眩んだけれど、視界は晴れた。
……ああ。
魔法は思考の具現とは良く言うよな。
メアリーは、頭部の中途半端な焦げカスを遺して絶命。対するライラは、髪の毛一本遺さず蒸発した。
結構頑張って演技してたけど、土壇場で本音が出たようだ。
そんなわけで、0だ。作業終了。
取り敢えず、駄犬を処理してからここまで、俺が学んだ事は一つ。
脳みそって、使わないとここまで劣化するものだな、と言う事だけだ。
俺も気を付けよう。
さて、メルクリウスが回復した。
「お前ら!? 皆……皆は!?」
「辛うじて、メアリー・ネヴィルの食いカスがそこに。後の生ゴミは、次元の彼方。一応訊くが、要る? あの肉塊」
要らないか。
あっ、そう。
「テオ。パシって本当に済まないけど、処分しといて、その焦げカス」
「僕に言うのもいいが、アイリーンにも声を掛けてやってくれ。拗ねるぞ」
「すっかり打ち解けたな」
俺達は、そんなバカ話を交わす。
「お前ら……お前ら、何でこんな事を、平気で、笑いながら出来るんだッ!」
何か、リーダー様が激情しているようだ。
「人殺しが! 命を何だと思っている!」
本当に、詰まらない。
なあ。
こう言う奴にも等しく人権があるんだ、って主張する奴が居たら訊きたい。
俺の、生まれてくる筈だった娘は、こいつと
こいつの人権は、俺の娘よりも価値があったか?
教えてくれ。
誰か教えてくれよ。
なぁ? なぁ? なぁ? なぁッ!
「オマエが、オマエの方が生まれてこなければ良かったんだ」
俺が宣告すると。
「あァ? オマエに何がわかる! オレがここに来るまでどれだけ努力してきたか親父にも兄貴にも弟にまでコケにされても諦めずに努力して見返してやってこれから軌道に乗せようって一人で背負って!」
ああ……。
俺、一気にクールダウンした。
何か、別のトラウマスイッチ入れてしまったみたいだけど、俺が言いたかったの、そこじゃない。
いやきっと、話したくて仕方がなかったんだろうな。
一家の落ちこぼれの、自分語り武勇伝っての。
よりによって、自分のパーティ皆殺しにした、俺に対して。
最後の最後まで、理解してくれなかったな。
俺達は、オマエの事を何一つ知りたいわけではない。
最初から最後まで、それを押し売りしないでくれ、こちらの領分に能動的に入って来ないでくれって事しかお願いしていない。なのにどうして、ここまで拒絶されて尚、近付いて来ようと出来るのか、やっぱり理解出来ない。
結局こいつの世界は万事内側に閉じてて、誰が何言っても、最初のシナリオ通りにしか対応出来ない。
少しでも人語を掛けた俺がまだまだ馬鹿だった。
早く、最後の仕上げを済まそう。
「
そう詠唱すると、ギャーギャー喚いていたメルクリウスが動きを止めた。
いや、正確には奴に流れる時間が極めて遅くなった。
俺は腰から下げていたメイスを手に取ると。
奴の身体の端っこから順に、叩き潰して叩き潰して潰して潰して潰して潰して潰して……まるでシュニッツェルの肉をミートハンマーで平たくするように潰す潰す潰す潰す潰す潰す。
顔にまで達して叩く叩く叩く叩く。たちまち奴の顔は熟れたトマトみたいになったから、
回復した。
もうワンセット、同じ事をした。
で、
「焔槍」
奴の身体がたちまち炎上し、少しずつ少しずつ、身体を蝕んでゆく。
そして奴は見る陰もなく縮んで、その場に崩れ落ちた。
さて、今の光景。
俺達にとっては一瞬の事だった。
だが、時間を遅くされたメルクリウスからすれば、今の責め苦は、そうだな。
体感、200年くらいは味わったのでは無いかな?
奴のこれまでの人生を遥かに凌ぐ体感時間全てが、品質の悪いメイスで少しずつ潰され、炎にじわじわ焼かれて、酸欠の苦しみを味わい抜く、それだけに費やされた筈だ。
准将は
もしも、輪廻転生と言うものがあるとするなら。
奴自身が「もう生まれて来たくない」と願う程の苦痛は与えた筈だ。
親にも兄弟にも、家の中で一人だけゴミ扱いされ、外で頑張ったけど半端者で終わり、最後には自分にすらも生を否定され。
それが魔法思考として世界に焼き付けば、こいつが生まれ変わる目は無いだろう。
それが、ただの願掛けに過ぎない事はわかっている。
だが、それでも俺は願う。
もう二度と、オマエは生まれて来るな。
この場で使った魔法の何一つ、俺が考案したものでは無い。
“全知全能”と呼ばれる存在からぽんと渡された、借り物の力で、一方的に、俺は個人的に嫌いな奴を皆殺しにする。
死体はアイリーンが残さず食べてくれたから、証拠も無し。こいつらは、書類の上では未来永劫、行方不明の存在となるだろう。
チープにも程がある、完全犯罪だ。
これから、どうしようか。
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