第36話 “友”の終焉と、千切ったレタス・具無しスープと、

 奴らの事務所に行っても、未だに誰も居なかったので、ウォルフガングだった超越存在を目立つ所にくくりつけ、メッセージを添えておいた。

 “アプト製槍せいそう工業の、第三工場跡地に来い”

 居たならここで始末を付けても良かったが、拓けた場所に出られるなら、都合が良い。

 

 この、1時間前。

 病院から出た俺を、黒髪の騎士が呼び止めた。

 メイクをしていない、素顔のテオドール。

 久々に見るが、思ったより野性味のある精悍な顔立ちだった。

 俺は頭を振って見せて、また歩き出す。テオドールが一瞬、沈痛に俯いたのが見えた。

「殺しに、行くのか」

 分かりきった事を訊いてくる。

「異物の除去だ」

「僕は、その事に限って言えば君を友だちとは呼べない」

 まあ、そうなるか。

 魔法文明のお膝元、模範的な警察機構の、騎士だからな。

 

 勝てる殺せるか?か? 俺がテオドールに俺にテオドールが。

 

 今日の食堂メニューも静雷だった。

 同じ魔法を持つこいつには、レジストされてしまう。お互いに、魔法を使う時の感覚も把握し合っているから、仮に敵対した時、こいつにとって俺ほどレジストしやすい相手も無いだろう。

 殺す気で行くしかない。

 准将の魔法は消耗したく無かったが、

「強いて言えば……“同志”かな」

 予想外の言葉が、俺の決意を止めた。

「数秒くれ。昔話を要約して伝える」

「ああ」

「僕は昔、あるパーティに所属していた。

 僕にはそこで、恋人がいた。

 恋人は執拗なアタックの末、そこのリーダーに奪われた。

 メンバー総出でリーダーを支持し、恋人も満更では無さそうだった。

 恋人は魔物にやられて死んだ。リーダーの采配ミス。

 リーダーにはすぐに新しい恋人が出来た。

 皆、笑顔で祝福してた。

 僕は戦闘中の事故に見せ掛けてリーダーを斬った。一時危篤にはなるが、回復魔法で一命を取り留める。

 僕の罪状は、結果的に、戦闘時“過失”傷害と言う形で終わった。執行猶予が付いた。

 それ以降僕は、怖くて怖くて女性に本気になれない。

 だからあんな勘違いファッションして、女遊びに耽溺して、ふざけてた。

 そうすれば、女の子にまず相手にされないからね。

 以上。終わり」

「本当に駆け足で話したな」

「時間がもったいないだろう。それに、こんなのを……君たちの子の命と同列に語ったら失礼だ」

 テオドールは、一枚の紙切れを手渡してきた。

 フライ准将が書いた、汚い字の。

「前に話した、僕が祖父に言われた事って覚えてるかな?

 僕の“剣”これにするよ。適当に料理してくれ」

 この内容は……生剣リビングソードアイリーン。

 剣に酷似した構造の、生きた魔物。何に使うか、嫌でも分かった。正気とは思えない。

 ちなみに、この手の武具型魔物には女性名が付けられる。ハリケーンみたいなものだ。

「復讐なんて、何にもならない。

 僕の過去次第では、ここで無責任にそう言い放っただろう。

 けれど。

 誰も、復讐で何かを得たいわけでは無いだろう。

 あいつらが生きている限り、君は前に進めない。

 どん底以下の現在から、最低限“どん底に”戻るために、それはしないといけない。

 君たちにはそれを許されないのに、メルクリウスはのうのうと生きていけるのなら、僕にはそんな正義、いらない」

「それもあるが、メインは飽くまで異物除去だ」

 これは本心だ。

 怒りとか憎しみは、思った程強くない。

 使命感、の方が近いかも知れない。

 そしてこれは恐らく、無自覚に人を殺すメルクリウスのような奴らと同じ感性なのでは。心の片隅でそう訴える声がした。

 

 手早くレタスを千切り、具の無いコンソメスープを作って“同志”に食わせた。

「まずいね」

 彼は言った。

「君の作ったものを、まずいと思う日が来るなんて思わなかったよ」

「味に期待していたのか」

 俺はしていない。

 今は、下手に味がある方が雑念になる。

 ストック効率が落ちる。

 経口摂取出来ればどうでも良い。 

 元より食欲など、ある筈もない。

「本当に、まずいよ」

 そうだ、聞き忘れていた。

「さっきの昔話、一つだけ訊かせてくれ。

 リーダーを斬った時、執行猶予に持ち込んだ時、良い気味だとか思えたか」

「思わなかったよ」

「そうだろうな」

 もしかしたら。

 こいつの神蔵一刀流が“刺突”にしか適用出来ないのは……限定的な魔法不能症だったのかもしれない。

 

 多分、俺達の関係はもう“友だち”には戻れない。

 ハイデマリーと、もう“恋人”には戻らないのと同様に。

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