第35話 駄犬の処分と、

 ウォルフガングよ。

 人の考えをコソコソ盗聴してやがったオマエなら、この考えも読めてるんだろ?

 この方が肉声で話すより伝達効率も良いよな?

 何世代か前の獣姦で生まれた、血の穢れた駄犬。

 俺は、あのゴミ溜めパーティでは、メルクリウスよりもオマエの方が嫌いだったよ。

 これも盗み聴いてたんだから、当然知ってたよな?

 その上で「アールシ君!」とか言って纏わり付いてきてたんだから、良い性格してる。

 薄汚い獣人の子孫だったなんてな。幻滅だよ。道理で体臭も臭え筈だ。スメルハラスメントって、知らないのかよ。本当、あり得ない。

 何なら、ドッグフードでも喰わされてたからそんなに頭が悪く育ったのか?

 メルクリウスどもが“ワン公”だとか呼んでたのも、親しみだとか、そう言う都合の良い言葉に逃げて来たんだろ。

 言葉通りだよ、屑犬。

 オマエは奴らの単なる使い走りメッセンジャーだ。

 オマエは弱いから、他人の顔色を伺ってキョロキョロしてなきゃ、生きて行けなかったんだろ?

 仕方なかったんだろ?

 甘えるな。

 それはオマエに努力が足りなかっただけだ。

 充分にやったって?

 足りない。頑張れ。まだ足りない。頑張れよ。

 頑張りが足りなかった、もしくは、無駄な方向に頑張って結局やることなす事無意味だった。

 他人に右へならえのオマエには、何一つ“想い”が無い。

 メルのアニキ~だと?

 オイラは皆から愛される年下系男子で、ちょっと抜けてて、でもでも、実戦ではひた向きに頑張っているっ!

 気色悪いにも程があるんだよ。

 俺さ、オマエの“パクり元”知ってるんだよ。

 そいつは生まれの理不尽で圧倒的多数の奴らから何度も何度も何度も潰されても自分の持てる手札で抗って、戦って。遥かにキャリア上の奴らよりも実力見せ付けて、戦い抜いた。

 敵わないって思ったよ。

 あのさ。俺達人間が何に一番イラっと来るか教えてやろうか?

 好きなもののパチモン掴まされて「こう言うのが好きなんだろ? ん?」とかほざかれる事だ。

 あー? オイラそいつの事知らないし、真似とかしてないし、だと?

 オマエにそのつもりがあろうが、無かろうが! オマエが生まれてそのように育って人目に出てきた時点で類似品詐欺と同じなんだよ。オマエが生まれてきただけで、彼女は冒涜されているんだ。

 だったら最初から出てくんなよ。無抵抗で苛められて死んでろよ。迷惑なんだよ。

 オマエらは、オマエらの演じている何者にもなれやしない。

 上辺だけを繕って、見当違いな“キャラ”を演じて、見ている方が滑稽で恥ずかしい。

「お前に何がわかる。アニキは、アニキだけは、オイラを……俺を俺として扱ってくれた!」

 あー、はいはい。

 一人称につい、地が出てしまったパターンか。

 あるある。陳腐過ぎるほどに。

 そう言うのさ、俺にもあるよ?

 小馬鹿にしながらも、頭おかしいってドン引きしながらも、それでも内心では尊敬できる、それこそ「一見して頼りないけどすげー頼れる」兄貴みたいな上司とかさ。

 でも、オマエらみたいな狭い世界で完結している奴らにそんな出会いも無いだろ。

 だから、本気で分かってくれ。

 そこだよ。そう言う所が、気持ち悪いんだよ。

 これだけ言葉を尽くして、どうして分かってくれない? まともな、平均的な、“普通”の人間なら、言わなくてもこの程度、察せられるんだよ。

 皆、そう。

 オマエら「この世から取り残された異常者ども」を除いては皆。

 何かさ、声を荒げている割には怒ってないよな? オマエ。

「俺が冷静だからだ」

 違うね。

 オマエには何も“想い”が無いからだよ。

 自分の事を揶揄されても、大好きなアニキを馬鹿にされても、そこで生じたものがないニセモノ。

 恐らく、ハイデマリーにも似たような事を散々に言われた筈だろ。

 

 俺は、部屋の隅でうずくまる妻を目端に置きながら続ける。

 本当ならすぐにでも駆けつけてやりたい。

 だが、この邪魔な駄犬を殺処分してからでないと。

 

「何とでも言えよ。アニキと俺が正義で、召喚魔法を悪用するオマエらが悪なんだからな」

 そうか。

 これだけ話して出てくる言葉がその程度か。

 もう飽きた。

 もう死んで良いよ。

 分かってると思うけど、ここまで、オマエを試す挑発だ。

 けれど、オマエらは“召喚犯”を成敗したいんだろう?

 なら、俺がこいつを喚び出すのを見ているしかない。

 現行犯でやらないと。

 メルのアニキも誉めてはくれないぜ。

「やってみろよ」

 余裕だな。

 まあ、オマエが出てきた“モノ”を殺す必要は無いからな。

 俺に召喚だけでもさせて、逃げれば、俺は晴れて召喚魔法使用の犯罪者だ。

 実直な奴の仮面を被ってコソコソ生きてきたオマエが、いかにも考えそうな事だな。

「何が来ようと、俺は生きるッ! 生きて、みんなの所に帰るッ!」

 あ、そう。つまんね。

 でもまあ、それじゃ遠慮無く喚ばせて貰うよ。

「未だ知れぬ狭間より来たれ。我に啓示をもたらせ。大いなる“御使い”よ」

 俺が詠唱を完成させた瞬間。

 虚空に裂け目が出来て“そいつ”が早速這い出して来た。

 虚空の裂け目って、何なんだろうな?

 奥行きが無いのに、それは確かに“穴”だった。

 そして、出てきたモノは。

 分からない。

 俺の語彙で表現するには、こいつはこくに過ぎた。

 質感は金属質でもあり、有機的でもある。

 ダルンダルンのだらしない体格にも見えるが……多分、俺達が言う所の“脂肪”とか、そう言うつまらないものでは無いのだろう。

 一応、二足歩行。

 頭と思われる位置は、六本指の手にも思えるモノが生えている。

 背中には、白鷺のような純白の両翼……だが、生えかたがアンバランスで、飛べるのかはわからない。

 でも、翼って形容できるだけ、この部位が一番マシに思える。

 俺だって、こんなのが出てくるとは思わなかったのであの駄犬に心を読まれる心配もなかった。

 恐らく、フライ准将の見識は“この世の真理”にまで片足を突っ込んでいるのだろう。だから、こんな、人間に形容不可能なモノが出てくる。

 何故なら、そうしないと死んでしまうから、必死にやったんだ。

 その上で、ヒトとしての自我を保っているあの人は、やっぱりおかしいよ。

 こいつを識って正常を保つ努力してる人にこんな事言うの、酷いとは思うけど。

 今の俺としては、果たしてこいつが使い物になるのかどうか、だが、

「あ……?」

 駄犬が、阿呆のように口を開いたまま、表情を変えない。

「あ、あ、あ、げ、がごっ」

 そして。

「樹木とシールとバンダナがあって胃薬が海の中を板金塗装に慣れ親しんで飴細工は山々の連なる正しい数学者がただただ流行の火付け役となって運勢は最悪の最高の中くらいのビーガン向け食品を買い占める王侯貴族と共にあさり貝をあっさり漁り月とタンスの裏について語り合うサボテンの」

 恐らく、奴がこれまでの人生で蓄えていたであろう語彙が無秩序に垂れ流されている。

 ああ、なるほど。

 この馬鹿、“御使い”の心を読んでしまったんだ。

 俺達人類には、重すぎる程の叡知を。

 例えば、蟻んこがネベロン教国が何なのか、だとか、魔物駆除パーティが何なのか、とかは知りようが無い。

 種族としての知識の限界があるからだ。

 もしもそれを、無理矢理知ってしまったら、どうなる?

 まあ、世界一、頭の良い蟻んこになるのは確かだろう。

 まだ俺の言葉が分かるか? ウォルフガングよ。

 どうだ。人間未満の駄犬から、一足飛ばしに“人智を超えた超越者”となった気分は。

 まあ、何も言えないだろうな。

 もう二度と、オマエは人間の領分には戻って来れないだろうよ。

 人間としては、もう使い物にならない。

 俺達の矮小な感覚から言えば……廃人と言うやつだな。

 つまらない例えで、本当に済まない。

 俺、オマエより頭悪いから。

 とにかくこのままではまずい。

帰還せよリターン

 これを唱えると“御使い”の姿は嘘のように消え去った。これで、召喚の証拠も残らない。

 そして。

 そして。

 

 妻が、うずくまったまま、荒い呼吸を続けている。

 考えまいと、していた。

 けれど。

「いたい、おなかが、中から削られるみたいに、痛い!」

 まだ“その時”が来るには早すぎるのに、

 妻が、ハイデマリーが、産気付いてしまっている。

 監禁のストレスか、その前の戦いの影響か。

 あるいは、こいつらなんて、関係ないのかも知れないが、分からない!

 そんな、こんな事が、許されて良いのか。

 

 

 病院に搬送されたけれど、間に合わなかった。

 流産だった。

 子供は、女の子だった。

「もう……もう、いない、おなかの中……いない……」

 俺の、俺達の娘は。

 あんな下らない奴らの、無知蒙昧で、殺された。

 生まれて、来れなかった。

「ごめんね、守ってあげられなかった……おかあさんが、弱かったから、守ってあげられなかった……! ごめんね、ごめんね、ごめんね……!」

 俺も泣き叫びたかったけれど。

 でも、それをしてしまったら、本当に妻が壊れてしまう。

 俺までもが、折れてしまうわけには行かない。

 

 メルクリウスを、消そう。

 少なくとも、アレが存在する事で、もうこんな事が起きないように。

 こんなモノが落ちていたら、俺達の誰も“正常な側”の人間は安心して暮らせない。

 道端の危険物は、除去しないといけない。

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