第34話 薄汚い獣人のベーレント家と、

 息も絶え絶えに、俺は夜の教国を駆け回る。

 彼女が行きそうな場所をしらみ潰しに探す。

 けれどそれは、多分無駄だ。

 家の荒れ果てた有り様を見れば「彼女が自分の意思で歩いている」可能性の方が低かった。

 そして、道端でばったりと。

 フライ准将に遭遇して、呼び止められた。

 

 最初に“Don't mind”と聞かされた時、“気にするな”だとか“関係ない”だとかの意味に取れて、俺は准将に詰め寄りそうになった。

 それが固有名詞で、パーティ名で、かつて俺が所属していた所だと気付くのにかなり時間を要した。

 何でそんな“今更”な奴らの名前が、この状況で挙がる?

「正直に言うよ。ハイデマリーは、あのパーティを脱退してからずっと、彼らに嗅ぎ回られていた。そして、ぼくの計画を察知された」

 俺は、准将の胸倉を掴み、殴ーーろうとして、踏みとどまった。

 俺なんぞ、手も動かさずに返り討ちに出来るだろう准将が、抵抗の気配を全く見せなかったのは、どういう意図からか。

「何故、奴らがそんな事をする必要がある。ハイデマリーに、何の恨みがあって?」

「今はそれを考える時ではないだろう。どうせ、くだらない理由だ」

 そう言って、准将は俺に数ページの書類を手渡した。

「今の彼らの事務所がある場所と、現存するメンバー6人の戦力・手札ステータス

 嗅ぎ回っていた探偵を捕まえて、買い取った。

 まあ、ほとんどは、かつて君と一緒に戦っていたから、大半のことは知っているかもしれないけど。

 知らない顔だとか、そんなに密ではなかった顔もあるだろう?

 それに、彼らだってちまちま成長レベルアップしている」

 今の俺にこれを渡せばどうなるか、わからない准将では無い。

 軍の最高司令は、私的な殺しを推奨するか。

「今、君とハイデマリーを失うわけにはいかない。本当に、ぼくの不手際ですまなかったけれど」

「召喚軍の為か」

 准将は、それには答えず。

「たぶん、君のよく知った人物が、君の知らない魔法を持っていると、ぼくは思う。

 この、ウォルフガング・ベーレントという男だ」

 ああ、そんな奴も居たっけ。

「焦りがある中、悠長なお願いだけど……何でもいい。あのパーティでの仕事で印象的だった戦いのことを、かいつまんで教えてくれ。

 出来るだけ、ターゲットの強かった事例がいい」

 俺は、無駄な反論はしない事にした。

 准将がこう言う時は、必ず何か意味がある。

 だから、あのパーティでの最後の仕事……“火龍”との戦いを説明した。

 本当は、一秒一秒がもどかしい。

 説明が終わると、准将はひとつ頷いた。

「うん。大体わかったよ。

 そのウォルフガング、ほかの戦いでも肝心なところでポカミス多くなかった?」

 どうだろうか。

 ああ言う間抜けキャラだから、何処までが素で何処までが演技なのかも分かったものではない。

「そして、その直後に、いつもメルクリウスの見せ場ができていなかったかな? それも、君が考えていた事と同じやり方で、魔物にトドメを刺していたのではないかな。

 まるで、本来なら君の見せ場だったそれを、横から奪うかのように」

「何が、言いたい」

 聞き返しながらも、もう俺は理解していた。

 だが、俺なんかより、准将から言わせた方が確証が持てる気がした。

 

「ウォルフガングは、他人の心を読める」

 

 エリシャの予知だってある。

 その程度、世界の何処かにあってもおかしくは無かった。

「これなら、あのパーティが君の脱退直後に崩れた理由がはっきりする。ぼくはずっと、そこが気になっていた。

 君の“魔法”は確かに、あのパーティでは役立たずだった。

 けれど、君もメルクリウスも気づかない中で、君はあのパーティの“軍師”になっていたんだ。

 ウォルフガングが、誰にも自分の魔法を明かさず、君のアイディアをメルクリウスに都合よく渡してきたことで」

 俺が、知らず知らずのうちに、あのパーティに貢献していた?

 俺は、当たり前の事を考えていただけだ。

 少し真剣にやれば、誰でも思い付くような事を。

 だが、確かに。

 ウォルフガングのようなドジが、どうして今の今まで殺されずに済んでいたのか。

 思い返せば、奴のコミカルなキャラは、魔物との殺し合いを舐めてるとしか思えなかった。

 あんな奴が、5年以上も生き残れる筈が無いのは確かだ。

「ベーレントって家がね、シュアンのとある山村にある」

「そんなに珍しい苗字に思えないが」

「意外と、戸籍を見ると国内に一件しかない。

 それで、その家というのが結構な名士であり、村でも有名で」

 また、どうでも良い話が来そうな予感だ。 

「何世代か前に、獣人と交わった家とも言われている」

 ほら、見ろ。

 獣人ってあれだろう。俺が前に、ミシェール共々襲われた狼男みたいな奴。

「真偽はわからない。理論上、生殖は可能だ。

 だが、そんなことをする“理性”が残っている獣人なんて、いるものかは疑問だ。

 けれどとにかく、ベーレント家の人間は代々、それを嫌でも意識しながら育ってきた。

 自分は獣人の末裔だ、と」

 へぇ。大変だったね。辛かったね。きっと狭いムラ社会で苛められたりもしたんだろうな?

 じゃあ死んで良いよ。

 そんな家、あるだけ迷惑だからこれを機に断絶してしまえ。

「それは様々な魔法起点として、血縁者たちに現れた。というより、現実的な線でいえば、自分の家の伝説に、魔法思考が引っ張られて固有ユニークの魔法が生まれやすかったのだろう。

 テーマは“獣”。

 単純に敏捷性の高さだとかで終わった例もあるけれど、これが“感性”と言うフワッとした事柄に及んだ場合」

「人の考えが読める、野生の勘」

 面倒臭いので、俺はもう答えを先取りした。

 必要な事実さえ分かればそれで良い。

「准将。適当な召喚魔法をくれ」

 俺が出し抜けに頼むと、彼は面食らった顔をした。

 ざまぁみろ、初めて俺の方から彼の意表を突いたぞ。

「どいつを喚べば適切なのか、その判断は任せる。

 どうせ召喚魔法自体は、田舎の新興宗教でも出来るやつだ。思考世界の何処に居るかさえ分かってれば、簡単に解析出来るだろう」

「ああ、わかったよ」

 そうして准将は、虚空に魔法書を一冊出現させ、手早く付箋を付けた。

「必要になるのは、その付箋をつけたページだと思う。というか、そいつ一体いれば、大抵事足りる」

 そうして、ずしりと重いそれを手渡してきた。

「一つ、聞かせてくれ」

「なんだい」

「本当に、今回の事はアンタには想定外だったんだな?」

「誓って本当だ」

「そうか」

 なら、それが真実なのだろう。

 この人は、頭がおかしいだけであって、腹黒では無い。むしろ、心根は真っ白だ。

 嘘を吐けるタイプでは無い。

 だからこそ、一番タチが悪いのだが。

「けれど正直、ぼくは君が計画にのってくれて喜んでいる。それも、伝えておくよ」

 まあ、こんな具合に。

「それと、もう一ついいかい?」

「ああ」

「ぼくが、常に何かを“識り続けないと死んでしまう病気”だと言ったら、信じる? 比喩とかでなくて、本当に」

 一見して、ふざけた質問だ。

 けれど、発したのがこの人であるとなると。

「そう言う事も、世の中の何処かにはあるんだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る