真のDon't mind01

 何で? 何で? 何で?

 ネベロンに拠点を移したけれど、仕事が来ない。

 これからのネベロンは、少数精鋭パーティが売れるんじゃなかったのか。

 ケチなCランクか、よくてBランクマイナスの仕事しか来ない。

 だが。

 ここに来て、ウォルフガングが起死回生の話を持ってきてくれた。

「やっぱりだったよ、アニキ! あいつ、クニの准将とグルになってーー」

 繋がった、と思った。

 長らく、探偵リチャードに、安くもない金を払い続けた甲斐があった。

 

「ハイデマリーのやつ、クニの陰謀に荷担して召喚魔法を悪用する気だ!」

 

 おかしいと思ったのだ。

 普通、何の理由もなくこのパーティを抜けるわけがない。

 それ以上の、個人的に旨味のある話で釣られたに決まっていた。

 だからあの女を、ずっと探らせていた。

「オレ達が、阻止しなきゃな。よくやったぜ、ワン公」

「えへへ」

 この、年下の親友はやけに勘が良い。

 最近は不調気味だったが、復活してきたようだ。

 こいつが言うならまず間違いない、とメルクリウスは考えていた。

 

 

 自宅に一人で居たハイデマリーは、一瞬、何が起きたか分からなかった。

 何者か、複数人が窓やドアを蹴破って殺到。

 窓から飛び込んできた四人には即座に“静雷”を浴びせて鎮圧したが、ドア側からの二人には対処が遅れた。

 二人組のうち、一人の動きが、形容しがたいのだが“嫌らしく”、魔法の狙いが定めにくかった。

 また、理論上、フライ准将由来の魔法を使えば「負けはしなかった」だろう。

 しかし、幾多の魔物戦を乗り越えてきたとて、人間を相手に反射的にそう出来るほど、彼女は冷淡になれなかった。

「終わりだよ、ハイデマリー」

 聞き覚えのある声。

 彼女の至近距離へ流れるように、現れたのは。

 思い出すのにひと呼吸要した。

 かつて、同じパーティに所属していたウォルフガング。

 そして。

「来てもらうぜ。お前の悪事は全部お見通しだ」

 リーダーの、メルクリウス。

 

 

 “Don't mind”の現事務所、地下室。

 魔物に脅かされるこのご時世、建物に地下室は必須だ。

 魔物を利用しようとする悪党を閉じ込めるのにも使えるものだな、とメルクリウスは思った。

 ウォルフガングだけを伴って、尋問を始める。

 椅子に拘束したハイデマリーの姿を、何度も見ずにはいられない。何と言う変わり様だろうか。

 メルクリウスは最初、声を聞くまで信じられなかった。

 だが、納得もした。

「オレはわかってたよ。ちゃんと痩せれば美人だし……才能だって認めてたんだがな」

 ハイデマリーは、何も言わない。

 そうだ、ちゃんと手順を踏まなければ。

 この極限状態でなら、少しくらいの強引さはプラスに働くと判断。

 メルクリウスは、ハイデマリーに歩みより、唇を情熱的に奪った。

 長く長く、接した。

 舌を絡ませても、抵抗はされなかった。

 かと言って、乗った訳でもない事は、いくらなんでもわかった。

 何で? 何で? 何で? この状況でこうすれば普通女は股を開いて後は全部自動的にうまく行ってオレはハイデマリーを正しい位置に引き戻すかあるいは召喚魔法犯を成敗して評価されるはずなのに全部自動的にこの女は異常だこの女は異常だ。

 メルクリウスには、召喚魔法に手を染めるような異常者の気持ちが分からなかった。

 

 ただただ気持ち悪い。臭い。

 わたしの感想はそれだけ。よくこんな、時間の無駄ができるなと思った。

 付け足すなら、

 貴方がこんなに気持ち悪いから、わたしはパーティを抜けたんだ。彼に便乗して抜けた。何かを変えようと、勇気をふりしぼって彼に話しかけた! それが、あの頃のわたしにとってどれだけの蛮勇だったか、わかる!? 

 わからないでしょうね。

 貴方には心がない。そのくせ、有機質なのが本当に気持ち悪い。

 心がないくせに、適当に心を作って自己満足に浸っている。

 何? 無理矢理キスをすればわたしの何かが変わったとでも? ショックで傷付いて、服従したとでも?

 そんな段階、とっくに過ぎている。

 わたしは、夫を前ほど男としては好きでもない。と言うか、付き合い始めの時が大袈裟すぎたくらい。

 けれど、変わったことはもうひとつある。

 彼は、自分の命よりも大切な存在になっていた。

 貴方は知らないけど、新しい命を抱えている。

 住む世界がもう違う。

 数え切れない女と寝たくせに、精神性がまるで夢見がちな童貞そのもの。

 その! アンバランスが! 本当に! 気持ち悪い!

 わかって! お願いだから理解して! 察して! これくらい! なんでできないの! ねえ、なんで!?

 ……付け足しすぎた。

 召喚魔法のことだって、濡れ衣だ。

 わたしも夫も、准将に持ちかけられたけどきっぱり断った。

 召喚魔法で魔物に対抗する、召喚軍を作ることを。

 けど、それを説明してもこの男たちは絶対に納得しない。

 こういう手合いって、自分たちの心地よい結論を、変えようとしない。どれだけ論理的で絶対的な根拠を突きつけられたって、器用にそれをすり抜けて、見えないフリして、最初に思い描いた“答A”にたどり着くように現実のほうをねじ曲げようとする。

 伊達にわたしも、イジメられて育ってきてない。この手合いの特性なんてお見通しだ。

「もういい。ワン公、この女の世話は任せた」

 そう言ってリーダーは去っていった。

 これからのダブルデートの予定は変えられないから、だってさ。

 幸か不幸か、このリーダーはわたしの方から“したい”と言うまで、襲ってこないのだろう。

 だって、自分が最初に定めたシナリオ通りにしか動けないから。それ以外の融通がきかないから。

 わたしが“改心しました。だから貴方とエッチしたい”と口にするまで、ここに閉じ込めておく気だ。

 夫には悪いけど、あえて貞操を売り渡して切り抜けることも少し考えた。

 あいつと一緒にいたのがウォルフガングではなくて、エドワールの方だったら、あるいはチャンスはあったかもしれない。

 行為の最中なら、殺すチャンスもあるだろう。自宅では相手が誰かもわからなかったから出来なかったけど……このヒトたちなら、別に殺してもよかったんじゃないかな。どうせ、誰も悲しまないんだもの。少なくとも、お腹のこの子の万一と比べるべくも無い。今にして、さっさと始末しなかったことを後悔してる。もう一度同じシチュエーションがあったなら絶対に殺してる。

 けど、もしも夫とまだ“した”事がなかったのなら、やっぱり、身体を売るなんて考えなかった。

 そして、お腹にこの子が居る今、あんな汚物メルクリウスを身体に入れるなんて絶対に嫌。どんな性病をもってるかだってわからない。

 わたしだって“バイ菌”呼ばわりされたこともあるから、他人を汚物扱いするのがどれだけ酷いかってわかっている。

 けど、生理的に無理なんだもの。

 ゴキブリだとかウジ虫に触れって強制するのは、いくらなんでも心が無さすぎじゃない?

 こんな感じ。

 ねえ、聴こえてるんでしょ?

 ウォルフガング・“ベーレント”!

 

「うん。そうだよ、お腹の赤ちゃんのためにも、アニキの言う通りにしなよ」

 

 わたしの推測は当たった。

 じゃあ、体力の無駄だから、もう肉声では話さない。

 先の襲撃で、この男の立ち回りが“嫌らしい”と感じた理由もわかった。

 わたしが、お腹のこの子をかばわざるを得ないような、そんな追い詰め方をしてきていたから。

 だったら、汚物にも教えてあげればいい。

 わたしの一番の弱みは、そこなのだから。

「そんな卑怯なこと、できないよ。それに、メルのアニキが傷つくじゃんか……。

 なあ、たのむよ、汚物なんて言い方は。やめてくれよぅ……」

 本気で、しょんぼりした顔でそんなことを言う。

 二言目にはアニキアニキアニキアニキ。

「あっ、そうだ! アニキとヤるコトをヤってさ、その赤ちゃんがアニキのだってことにすれば、みんな丸く収まるよ! オイラ、頭よくない!?」

 ダメだ。

 人って、どこまで他人に失望できるのだろう。それを試されている気がしてならない。

 これ以下には堕ちないだろう、と思っていたけど、まだまだ甘いみたい。

 どんどんハードルを下げて、寛容に接してあげようとしていても、常にその下を行かれる。

 これ、もしかしてそういう実験? 極限まで愚鈍を極めた人間と会話してたら聞かされるほうがどうなるかって言う人間観察? だとしたら仕掛け人はどこ?

 この手合いは長期スパンでものが考えられない。

 目先のことしか見ないから、自分の行為のその先に人死にが生じかねない状況でも、それを見通せない。

 どうせ、召喚事件でもあれば笑いながら、お互いを讃えながら、召喚者を惨殺してたんでしょう? そうに決まっている。

 あの汚物が、コロコロ女を入れ替えるのもそこに起因しているのでしょう。

 だから、どれだけ“好き”合っても、愛が絶対に無い。

 異性愛や家族愛は元より。

 このヒト達がそんなもの、逆立ちしたって得られるはずがない。縁が皆無、むしろ絶無。

 もっとそれ以前の、隣人に対する当たり前の愛すらない。このヒト達の構造上、ニセモノを作ってまともな人間に擬態するしかできない。

 どう頑張ったって、蛾の幼虫が綺麗な蝶々にはなれないってこと。

 ウォルフガングが汚物に真実を伏せ、汚物がそれを都合よく信じきってピエロになっていることなんて、一番の証拠じゃない。

「違うよぅ、誤解だよぅ……」

 そしてウォルフガングら、あの汚物の取り巻きたちは本来そんな人間ではない。

 ただ、心地よい場所メルクリウスに右へならえで楽をして、脳が鈍麻している。

 結果、あの汚物のバイ菌がどんどん取り巻きにも感染していく。

 こんなの、学生時代で嫌と言うほど味わってきた。

 たぶん、この男たちに悪意はない。

 悪意があった方がまだマシだ。

 少なくとも、法律で押さえ付けられるから。保身は、悪事をはたらかない理由になる。

 お願い、貴方たちみたいなのが能動的に“わたしたち側”に入って来ないで。バイ菌がうつる! 

 メルクリウス菌が! ウォルフガング・ウイルスが!

「まあ、おちついて、これでも食べたら?」

 そう言って、まずそうな菓子パンを寄越された。

「けど、アニキを無視すればするほど、回数は減らしていくからね」

 とにかく、食べるしかない。

 この子を、餓えさせるわけにはいかない。

 夫の作ったご飯とはまるで違って、まずい。

 泣きそうだった。 

 排泄も、見張られながらになるだろうけど、構わなかった。

 だって、微生物の目まで気にしていたら、誰もトイレに行けなくなるでしょう。

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