第33話 未来に向けた日々と、

 朝。

 ベッドの中、背中に彼女の裸身を感じる。

 温かく、柔らかい。

 そして、照れくさそうに笑う吐息も。

 何がおかしいのか、クスクスクスクス、ずっと笑っていた。


 一度身体の関係を持つと、色々な意味でお互いに遠慮が無くなった。

 文字通り、お互いの裸と言う、これ以上隠しようの無いものを曝したのだから、こんなものかも知れない。

 俺のちょっとした無精に、彼女はちょくちょく指導を入れるようになっていた。

 服がよれよれだとか、靴下が薄いだとか、髪の毛の手入れが甘いだとか。いや、服も靴下もまだまだ使えるだろう。全然みっともなく無いと思うが。

 彼女が少しでもみっともないと見なした物は容赦なく捨てられ、新しい物を寄越された。

 お陰でここ最近、俺の身なりは不自然に綺麗になったと思う。

 何か、回復魔法を教わる際に散々しごかれた事を思い出した。

 やっぱり、騎士団の女って皆こうなのかも知れなかった。

 俺も俺で、彼女のいい加減な部分にあれこれ突っ込みを入れて、ウザがられたりしているので、お互い様か。

 万事、“実を取る”事にこだわる俺からすると、彼女は几帳面なようで、肝心な時に足元を見ていない事が多い。

 気になった事にあれもこれもと手を広げ過ぎて、よくキャパシティオーバーを起こしているのだ。

 対する俺は、一つの事にこだわると、視野狭窄を起こしやすい。

 俺達は、うまい具合に欠点が正反対だった。

 魔法起点の事と言い、本当に出来すぎたくらいのパートナーだった。

 

 そして、この日。

 ハイデマリーが、虚ろな足取りで俺の所に来た。

 顔つきも頼りなく、相当弱っているのが一目で分かった。

「わたし……すごく気持ち悪い。今も、吐きそう。ひどい、二日酔い、みたい、で」

 俺は、よろめく彼女の身体を、慎重な手付きで支える。

「具合が、悪いのか? 大丈夫か」

 俺は、そんなありきたりな言葉をかけた。

 きっと見当違いだと、どこかでわかりながら。

 そして。

 

「わたし、多分、妊娠してる」

 

 結局、彼女の方から言わせてしまった。

 俺は、信じられなかった。

 正直、あれから会う度に身体を結び合わせていた。

 避妊も、一切しなかった。

 こうなるのは、当たり前だ。

 頭では、分かっていても。

 それでも。

 

 俺がそれを口にすれば、その事実が消えてしまう気がして、言えなかったけれど。

 

「どうすれば、いいかな?」

 彼女が、少し掠れた声で恐る恐る訊いてきた。

 俺は、彼女への抱擁を強めた。

「生んで欲しい。

 出産には危険が伴うと承知の上で……それでも頼む」

 彼女は、今まで押さえ込んでいたのだろうか、俺の胸の中で堰を切ったように泣き出した。

「結婚して下さい」

 自分でも驚くほど、滑らかにその言葉が出た。

 最初から、全部決まっていたのだから。

 俺の言葉に、彼女はただただ頷いた。

 

 少し前に、旧友と飲む機会があった。

 彼もデキ婚だったのだが。

「俺もさ、30歳までは遊びたかった。時期、間違えたよ。

 でも、相手は間違えてないから、それで良いんだ」

 彼の言葉が、今は良く分かった。

 そして、今は精神的な支柱ですらあった。

 

 

 お腹が目立つまでに、ドレスを着て貰いたかった。

 式の段取りはかなりの過密スケジュールだったが、自分で蒔いた種だ。代償は受け入れるしかない。

 時には、式場の装飾にこだわりすぎて一杯一杯になった彼女と喧嘩になりながらも、どうにかやりきった。

 式当日。

 フライ准将がスピーチを買って出てくれたが。

「えー、アルシくんは、騎士団に対して多大な損害をもたらしてくれました。はい。

 まさか、これから活躍してもらうはずだったハイデマリーくんを、永久就職で引き抜いてくれるなんて。ええ、本当に予想外の角度からやられましたよ!」

 随分な言い種だったが、近親者と騎士団の身内だけの小さな式だったので、まあ良いだろう。

 ちなみに准将は、ハイデマリーにもちょくちょく良からぬ話をしていたらしいが、俺の目の黒いうちはそうはさせない。

 大体、戦闘力に男女差は無いと言っても、女の大多数に妊娠・出産の可能性があるのは避けられないだろう。

 目先の能力に飛び付き、生物学上の女であるハイデマリーに戦力を依存したアンタの自業自得だ。

 自分に匹敵する人材を失う程度の事態、アンタなら何でもない事だろう? うん、多分。

 俺、しーらね。

 弟達と親父も来てくれた。

 ハイデマリー側の親族とも、結構仲良くなった。

 式場の料理はミシェールが作ってくれた。

 今日ばかりは原価を気にしなくて良い事に、彼女も小躍りしていた。

 テオドールとエリシャが、これまた口々に勝手なスピーチを披露してくれた。

 ヴィクトルさんとか、水神さまの件で仲良くなった騎士達も駆け付けてくれた。

 

 お互いに収入も安定し、目処が立ったので大聖堂の近くに家を買った。

「ほら、このへん、よく見たらぽこっと出てるでしょ」

 ハイデマリーが腹を指差すと、ようやくわかった。

 そこに、俺達の子が居るのだと。

 どうも、目立ちにくい体質のようで、これなら式もそんなに急がなくて良かったかなとも思ってしまう。

「名前、どうしようかな。パパに任せようかな?」

「急に言われると、ちょっと難しいな。

 男の子ならヴィサ、とか、女の子ならヴィルヘルミネ、とか……」

 うん。“ヴ”って付くと何だか格好いいしな。

 いやいや、そんな事言ってないで慎重に決めないと。

 こればかりは、一生ついて回る話だからな。


 この上なく幸せな家族に恵まれた。

 仕事も、准将の極端な妄言にさえ気を付ければ、このままの路線で問題なさそうだ。

 ただ、魔法食による魔法の共有については、ミシェールが辞めて、俺が死んだ後にも繋げられるよう、後継者をどうにかしなければならないだろう。

 しかしまあ、その辺も今は考えないでおく。

 とにかく、このまま行けば全てが良い方向に行くだろう。

 出産は人それぞれ。何があるかわからないから、その時が来るまでは安心できないし、生まれてくる俺の子も、どんな風に育ってどんな苦難を歩むかは未知数だ。

 それでも、今は。

 

 

 これで話は終わり。

 これで良い。

 もう、これ以上に余計なものは要らない。

 この先の事は、出来るなら話したくは無い。

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