第32話 ふたりだけのディナーと順当な営み

 それからは、何だかアドレナリン全開の日々だった。

 何をしていても楽しく、何ならフライ准将の魔法書解析にも、俄然やる気が出た。

 理論上、彼女は、俺の魔法解析次第で天井知らずに強くなる。

 彼女が准将の強さに近づくと言う事は、俺の心配がそれだけ遠ざかると言うこと。

 万が一にも、大切な人に危険が及ぶ心配が。

 遂に俺は、フライ准将の魔法を一つ理解した。

 水神さまの時に准将がぶっぱなした、雷光混じりの大規模爆轟を。

 各魔法の理論や本質の全てを理解する必要はない。その事に今更気付いてからは、解析が段違いに楽になった。

 だが俺は、これを食堂には出さない。

 これを解析した事は、誰にも教えない。

 彼女の為にしか、食わせる気は無かった。

 魔法書を読んで分かったが、准将の魔法はどれも大味過ぎる。考えた人の性格が滲み出てるようだ。

 やはり、末端の従士にまで標準装備させるには危険過ぎる。

 せめて、もう少し一人一人のリテラシーがちゃんとしてからだとも思う。


 肝心の彼女とは週一回会えれば良い方だったが、それ故に、一回一回のデートを噛み締めるように大切に出来た。

 近場を旅行したり、水族館に行ったり、寺院を見学したり、ショッピングでお互いの服をコーディネートしあったり、動物園に行ったり。

 およそ恋人同士で行く場所は網羅したと思う。

 食事はいつも、俺の作った弁当だ。

 安上がりで良い。

 今にして思えば、口にするのも恥ずかしい睦言を、肩を寄せ合って語り合った。

 ある日、いつぞやのスケルトン騒ぎに続報があった。

 あれから新興宗教が分裂し、そのいち派閥が、また似たような事をやらかしたのだ。

 流石に今度は何体居るか先に提示されていた。

 俺達は身分を隠して、それを請け負ってみた。

 結果はあっけなかった。

 彼女が一瞥しただけで、スケルトンの群れは雷杭の弾幕に圧殺され、即時、遺骨の塊に戻った。

 仮にも人間の遺体であるし、済まない気持ちもある。

 やはり、何かの間違いで殺される危険は払拭しきれないから、遊びでもない。戦いは真剣にやった。

 しかし、お互いの成長に感慨深いものが先立ったし、二人とも、あの頃の懐かしさを噛み締めていた。

 何よりも大切な、あの数日間の思い出を。

 そして、仮にも“殺し合い”の高揚か、彼女の白い頬は上気して桃色がかっていた。

 それを見た俺はすぐに目をそらしたが、心臓が激しく脈動するのを抑えられない。

 いけない感情を、必死に抑えなければならなかった。

 こう言う面でも、戦闘員ってどこか世間ずれせざるを得ないのかも知れない。

 俺達二人は、そんな事を少しずつ、着実に重ねていった。

 

 

 

 年末。

 ネベロン一世の誕生日も年の暮れであり、世の中の一般職が一息つける時期。

 軍師モノレが“ネベロン生誕祭”なる祝日を作った慧眼は素晴らしいものだった。

 俺がこの日の為に考え、実際に調理した、おめでたいディナーがテーブルを飾った。

 トマトソースにアサリ貝を散らしたボンゴレロッソ。

 赤みの残るミディアムレアに焼いた牛ステーキ。

 レタスとブロッコリーに、赤と黄色のミニトマト、薔薇を象った生ハムとスモークサーモン、粉雪に見立てた粉チーズを散らした、リースサラダ。

 トマトとモッツァレラを重ね、オリーブオイルと挽きたての胡椒をかけたカプレーゼ。

 ホワイトソースとミートソースを幾層にも挟んだラザニア。

 ジャガイモの冷製スープ。

 そして、これは外で買ってきたものだが、シンプルな苺ショートケーキを1ホール。

 入室一番、それを目の当たりにした彼女は、分かりやすい程に目を輝かせ、両手を合わせた。

「すごい! これ全部、わたし達だけのものなの!?」

 俺も俺で、これくらいのバカは一度やってみたかった。

 弟を食わせる。

 魔法のため。

 騎士団のストックのため。

 そんな事とは無関係に、こうして当たり前のバカを出来る時が、俺にも来るなんて。

 正直、夢にも思ってなかった。

 作りすぎた料理を嫌と言うほど堪能した後、俺達は何となしに肩をくっつけて黙りこくる。

 そして、どちらとも無く相手の顔を見つめると、申し合わせた訳でもなく唇を重ねた。

 この行為も、ここ数日の間に珍しく無くなっていた。

 だが。

 日に日に、お互いの唇が交接している時間が長くなっていた。

 それを離すのが惜しくて、いつまでもいつまでも、離れなくなりつつあった。

 ネベロン生誕祭と言う、特別な日に当てられたのもあるのか。

 今日は特に、お互いの抱き合う力が強い。

 彼女が着ているのはセーターなのだが、それでも密着した柔らかな身体のラインが俺の全身で鮮明に感じられる。多分、彼女も同じことを意識しているのでは無いか。

 正直な所、理性が限界を迎えていた。

 彼女が欲しい。その獣性をもう抑えられない。

 俺は彼女をベッドに押し倒した。

「ぇ……ちょっと、ちょっと!? ねぇ!?」

 彼女は、慌てたようになる。

 今まで必死に見まいとしていたが。

 見違えたように引き締まった身体の、胸の所だけがあまり減ってない……と言うか、張りが出た分、美しい曲線を描いている。

 それが、セーターの下で窮屈にしているような。

 俺自身、体のコントロールが利かなくなってきた。

 組み敷く力がつい強くなってしまうが、彼女は全く抵抗しない。

 彼女の呼気は荒いが、襲われて焦っていると言うには深く重たいリズム……今の俺と同じ、何かに渇いているような。

 潤んだ瞳は据わり、俺を捕まえて離さず、ともすれば彼女が俺を喰おうとしているようですらある。

「あの、わたし、こんなだから、男の人、はじめてで……怖い」

 こんなだからって。

 沈黙の賢者しか知らない奴からすれば謙遜を通り越して嫌味だが……自分の事は自分が一番良く分からないのは、人の事を言えないか。

 と言うか今の言葉、逆説的には受け入れる前提じゃないか。

 それに気付いてしまった俺の理性は、一息に焼き切れた。

「なるようになる」

 未だ、あれこれ躊躇をウダウダ漏らす唇を、自分の唇で塞いで黙らせた。

 程よく腿肉のついた、すらりとした脚が、俺を逃すまいと絡み付く。

  

 処女の怯えと苦鳴は、どちらのものとも分からない息遣いの中に溶けて消えた。

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