第31話 借り物の力と無謀
猟犬騒ぎの事後処理が終わるまで、俺は落ち着かなかった。
そんな事はどうでも良いから、早く彼女と話したかった。
そんな、餓鬼みたいな我が儘を何年振りかに感じた。
答え合わせをしてみれば、やはりハイデマリーの魔法については俺の推測が正しかった。
こう言う事もあるのだと、テオドールの事例を見た時点で気付くべきだったのかも知れない。
その素養が、たまたまハイデマリーにしか無かったから良かったが、もし、もっと危ない奴がこうだったら……背筋が冷える。
「最初の一ヶ月はこわくて仕方ありませんでした。自分のものでない力が、自分の想像を越えた威力で魔物を殺してしまう。でも、やらないと仲間が殺されてしまう。
回復魔法とか、やるべきことをやっていたら、そのうち勝手に“賢者”なんてよばれるようになって……こんなの、何の努力もなしにあなたからもらった、
「だがアンタは、自分流にアレンジした」
まあ、そこを誉めても嬉しくは無いのだろうが、何か言わずにはいられなかった。
何か、彼女の為になる言葉を。
本当に身勝手だな、俺。
「正直、あなたを逆恨みしそうになったこともありました」
グサリ。
まあ、そうだよな……。
「でも、それだけはしたくなかった。それをしてしまったら、わたしには本当に何もなくなってしまう」
俺との数日間が、唯一心から笑えた時間……か。
彼女の、それまでの人生がどんなものだったかは、俺には知る由も無いが……何となく胃が重くなるのを感じた。
「あなたと過ごした数日間、はじめて“食べることが幸せだ”と思えました。
義務で菓子パンを食べなければいけないことからも、あなたは解き放ってくれた」
まあ、そこは結果論ではあるが、俺達の魔法起点がとんでもなく良い形で噛み合ったようだ。
そして俺は、かつて彼女が“呑気にパンをパクついてやがる”などと思った自分を嫌悪した。
あるいは、あの日の助手席でパンを食べていたのは、自分の精神的な安定を図っていたのかも知れないのだ。
「戦おう、って思いました。あなたがくれたものに、しっかりしっかりしがみついて……だから、わたしは今日まで生きてこれた」
俺は、自分の臆病をこの上なく突き付けられた。
彼女は、弱くなんて無い。
例え魔法食が無くとも、騎士団をリタイアする筈はなかったのだ。
「食堂ではたらくあなたのことは、いつも見ていました。でも、声をかけられなくて」
“沈黙”の賢者。
それは、無詠唱だけを指す呼び名では無いだろう。
そしてそれは、何も知らなかった頃の俺が彼女に抱いていた印象と同じ筈だ。
彼女は喋らなかったのでは無く……誰にも話せなかったのでは無いか。
周りが皆、以前の俺のように、近寄りがたい“高嶺の花”だとか勝手に決め付けて。
こいつは、今も変わっていない。
そんな、話すのに敷居の高い奴では無かった。
騎士団、か。
俺は途端に落ち着かない気持ちになった。
騎士・従士のパーティは、原則同性で組まれる。当然、私的なトラブルを避けるためだ。
だが、俺はテオドール・エリシャと言う例外を知っている。
原則は所詮、原則。万一と言う事もある。
いや、職場での出会いなど実はそんなに現実的ではない。お互いの嫌な部分が最初から可視化されやすいからだ。
だから、沈黙の賢者を知らない外部の人間なら、積極的にアタックをかける事もあるだろう。
テオドールのような命知らずだって他にも居るだろう。
こんなに綺麗になってしまったら、いずれ他の男に取られるのでは無いか。
俺は、凄く焦っていた。
思えば俺は、ずっと彼女の事を考えていた。
あの頃は状況が状況だったから、自分の気持ちに気付けなかった。
「ハイデマリーッ!」
想定以上に声がでかくなった。
「はっ、はい!?」
そりゃ、驚くよな。
だが、勢いに任せるのもありかも知れない。
「俺と付き合ってくれ! ずっと、ずっとアンタに会いたかったんだ!」
当然、彼女は面食らった。
何を言われたのか、すぐに理解できないのだろう。
俺はバカか。これではテオドールと同レベルかそれ以下だ。
普通はもっと手順を踏む。
大体はデートを2、3回くらいは経るだろう。
俺だって女と付き合った事はあるし、振られたことも何度かある。
そして振られる時って、勝負を仕掛けるような気で居ても、割りと内心で「多分、無理だな」と悟っていたりするものだ。
だが、今だけは本当に分からない。
自分で自分が理解できない。
ただ一つ。
ここで何も言わずに、他の男に取られるくらいなら。
思い切り激突して、玉砕してやる。
その方が何倍もマシだ。
そして。
俯いていた彼女が、ゆっくりと俺を見て。
「はい。わたしも、あなたとの思い出がもっとほしかった」
泣きそうな微笑みで、そう告げた。
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