7時の夕食までには帰りましょう⑤

5月5日火曜日13時10分

 原宿駅前。ゴールデンウィーク最終日を満喫する若者たちでごった返す、乱雑な竹下通りのアーケード前。

 そんな目の前の光景を映したかのように、圭太の胸中も不安と期待でごちゃ混ぜとなり、今か今かとその時を待っていた。

 『キッモ』と悪態あくたいつかれながら、紀子のりこに選んでもらったネイビー色でまとめた勝負服良し。伸ばし気味だった前髪で目つきの悪さをカバーし、初めてのヘアスプレーでそれなりに固まった髪良し。歯も磨いたし朝風呂にも入ったし、口臭体臭もろもろ良し、のはず。

 一人テンションが最高潮に達していた圭太は、目的の二人組を人混みから見つけ出して声を掛けた時まで、隣のイレギュラー的存在をすっかり忘れ去っていた。

「え、やだ……! 何この油田もってそうなミステリアス王子様系イケメン! まさか、ここまでのイケメンだったとは……!」

「うん、本当に綺麗だねー。女の子みたい」

 コメントは似通っていても、リアクションは対照的な女子二人であった。

「いやホント、幽霊団地アンタんちに留学生なんて何の冗談かと思ったけど、この際ユーカイでもレンタル友達でも何でもいいや。生まれて初めて巳浦グッジョブって思ったかも」

「おい、人を可哀そうなやつ扱いすんな」

 圭太より頭一つ分小柄ながら、ばっちりと見開かれた意志の強い奥二重に、良く動き回る薄い唇。陸上部と良く勘違いされると本人談の健康的な小麦色の肌に、明るい栗色のポニーテール(地毛)。その上、高校で禁止されている反動なのか濃い目の化粧に、はっきりした色彩でまとめたコーディネートで、初対面では絶対にギャル認定されるであろう保育園からの腐れ縁、熊川沙良くまがわ さらは、興奮した牛の如く圭太の脇腹を肘でグサグサ突き刺していた。

 一昨日の夕方、イーシェと二人でスーパーにいたところを偶然、彼女に目撃されていたらしく、今の状況を洗いざらい自白することとなった。しかし、そんな熊川あくまから思ってもみない取引を持ち掛けられ、絞りカスとなった圭太は即決で魂を売ったのだった。

 熊川から一歩距離を置き、物珍しいのか辺りをキョロキョロと見渡しているイーシェを間に挟むことで凶暴女の囮に使う。そして、平静を装い、もう一人の彼女に向き直った。

「ごめんな常和ときわさん。急に俺たちも混ぜてもらっちゃって」

「ううん、みんなで買い物した方が楽しいもんね。沙良ちゃんも嬉しそうだし」

 穏やかな春の日差しの微笑み。イーシェにも沙良とは違い、色目も使わずハローと挨拶している。いつもと変わらない、自然体の彼女。

 常和美乃梨ときわ みのり。圭太が世野高校に転校して以来、出来れば恋人にとは思いつつ、まずは友達で良いからお近付きになりたいと切望する高嶺の花。沙良より拳一つ分背が高く、ツヤツヤの長く黒い髪に乳白色の肌、真っ白なワンピース、昔どっかで見かけた絵画のよう。実際どこぞの良家のお嬢様らしい。美しいと言わざるを得ない。制服以外の彼女を見られて、心中でガッツポーズを決める。

「熊川……まじ、サンキューな。生まれて初めてお前に感謝したかも」

 育ちも見た目もタイプも正反対な二人が友達と聞いたときは、度肝を抜かれたものだ。だが、このチャンスを生かさずにしていかに死ぬべきか。

 そんな圭太の分かりやす~い胸中を見透かし、沙良は半眼で小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。そして、ニコニコとしている美乃梨の腕を取った。

「あっそ、小学校では『巳浦の面倒を見る係』とかいう地獄を強要させられて、中学では赤点になるからって仕方なく授業ノート貸したら毎回無くされて、今では累計1万2872円も無利子で貸してあげてる私に対して、今日初めて感謝するような脳内ピンクの恩知らず君はさっさと帰っていいわよ。イーシェ君は私たちが丁重におもてなしするから」

 沙良は圧倒されっぱなしの様子のイーシェも誘い、人混みの中へと歩き出した。

「すみませんウソです! いつも感謝してます! 荷物持ちでも何でもするんで連れて行ってください熊川様!!」

 慌てて圭太は三人の後を追った。

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青い、蒼い さめ @zinbeeee

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