最終話 もしかして、バグですか?


 舞踏会が行われた会場は、それはそれは豪華だったの。

 たくさんの男女がドレスを着て、オーケストラの演奏に合わせて踊るのよ。

 着飾った女性陣はみんな綺麗だったわ。

 まぁ、私が一番若くて綺麗だったけど。


 でもね、やっぱりどこをどう見ても、イケメンが一人もいないのよ。

 王子様が何人もいたけど、中年太りのおじさんばっかり。

 年齢的な問題なら、せめてイケオジでもいいと思ったんだけど、イケオジすらいないのよ。


 王子のお付きの騎士とかも、みんなブサイクばかり。

 現実世界だとしても、これだけ大勢の人が集まっていれば、中にはイケメンの一人や二人いるものよ?

 現実よりやばいのしかいないって、一体どういうことなの?


「いやぁ、お綺麗ですね……お嬢さん」

「ど、どうも……」

「どうです? 私と一緒に踊りませんか? ぐへへへへ」

「……け、結構です!」


 気持ち悪い笑い方のおじさんに話しかけられて、鳥肌が立ったわ。

 私は逃げるように馬車に飛び乗って、会場から出たの。


「レイラお嬢様、今からお帰りになるのですか?」

「……イケメンがいないのよ」

「え? イケメン……って、なんですか?」

「イケメンはイケメンよ!!! イケてるメンズ!! 若くてかっこいい男よ!! 顔の整った男のことよ!! なんでいないのよ……一体この世界はどうなっているの!?」


 ビロのせいじゃないことはわかっているんだけど、ついついキツく当たってしまった。

 今の私には従者を気遣ってあげる余裕がなかったの。


「で、では帰りましょう。屋敷に着く頃には、朝になっていると思いますので……窮屈ではありますが、ゆっくりお休みください」

「……そうするわ」


 眠るのに靴を履いているのが嫌で、蹴って脱ぎ捨ててやった。

 せっかくの綺麗なドレスも、靴も、転生した美しい顔も、イケメンがいないならなんの意味もない。


 本当にここは、乙女ゲームの世界なのか疑わしくなってくる。

 このキャラデザの世界観で、イケメンがいないのはおかしいわ。

 それに、もしこれが間違ってRPGの世界だったとしても、イケメンキャラはいるものでしょ?


「————もしかして、バグ?」


 しばらく考えていて、その結論に至った。

 だって、おかしいじゃない!

 女性陣には普通に可愛いキャラクターも私のような美女もいるし、この絵柄的にも乙女ゲームの世界観なのよ?

 なのに、イケメンだけがいないなんて、きっとバグに決まってる!!


「……お嬢様、もう直ぐお屋敷につきますよ」

「ビロ、止めて」

「え?」


 町で馬車を止めて、私は飛び出したわ。

 裸足のまま、レンガの道を走り回って、モブキャラの中にもイケメンがいないのか探し回った。


「すみません、イケメンはどこですか?」


 色々な人に聞いて回ったけど、みんな何を言っているんだって、首をかしげるの。


 ビロは靴を持って私の後を追いかけてきた。


「お待ちくださいレイラお嬢様! お怪我をしてしまいます!」

「怪我なんてどうでもいいの!! どこにいるの? ねぇ、早く出してよ!! イケメンはどこにいるの!?」


 問題はそこじゃないの。

 足の怪我なんて、痛くもないわ。

 それより問題なのは、こんなイケメンのいない世界でこれから私は生きていかなければならないということ。


「イケメンは!!? ねぇ、この世界にイケメンはいないの!? なんで!? なんでよ!!!?」


 誰か教えてよ。

 これは、バグなんでしょ?

 私、イケメンがいない世界なんて耐えられない————


「どうして、イケメンが一人もいないのよぉぉぉぉ!!!」




 ◾️ ◾️ ◾️




「どうです、部長。被験体八〇一号の様子は……」

「うまく行っているようだ。脳波に何の異常も見られない」


 国内某所の地下施設。

 佐藤麗の体には、複数のコードが取り付けられていた。


 脳波計の他に念のため用意されている人工呼吸器、心拍数を測るための器具などなど。

 脳波に異常はないものの、深い眠りについている彼女の表情はひどく歪んでいる。


「これが成功すれば、国内初の成功例になりますね」

「ああ、これは我々人類の新しい生き方を大きく変えることになる」


 この施設で密かに研究されているのは、VRバーチャルリアリティのさらにその先だ。

 この研究がうまくいけば、人間は実際に肉体がなくても、生きていけるようになる。

 多くの研究者たちの努力のおかげで、その日は近づいてきていた。


「それにしても、随分嫌そうな表情をしていますが……なぜです? あちらの世界では皆が幸せになるのでは?」

「ああ、それはを抜いたからだ」

「は?」

「この被験体……佐藤麗子れいこがどんな罪を犯して死刑が決まったか、知っているだろう?」


 まだまだ未完成の研究のため、命の安全は保証できない。

 そこで秘密裏に研究のため、死刑囚を表向きは死刑を実行したことにして、こうして被験者にしていた。


「ええ、あれですよね? 十代から二十代の男性、それも若くて俗にいうイケメンばかりを狙った連続殺人事件。確か、自分のことを佐藤麗華——それも二十六歳だと言い張っていて精神疾患が疑われていましたね……」

「それだ。実は、その被害者の中に、俺の別れた女房との間にできた息子がいたんだよ」

「なるほど、それでわざとデータからを抜いたんですね! さすがですね!」

「まさかこの研究で復讐できるとは思っていなかったけどな……!! ははははは」


 部長は嬉しそうに笑いながら、表情を歪めている佐藤麗子を見る。


「永久に、悪夢の中で過ごすといい。お前には夢ですら幸せにはなれない。来世というものが本当にあるとしても、転生なんてさせないからな————」


 被験体八〇一号、佐藤麗子(四十三歳)の固く閉じられた瞳から、涙が一筋こぼれ落ちる。


 実験は成功だ。




 完

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乙女ゲーの世界に転生したけど、イケメンが1人もいないのはバグですか? 星来 香文子 @eru_melon

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